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『白龍戦の先発栄純なの?』
ゴールデンウィークに組まれた練習試合の中で、最も力のあるチームの白龍の先発が栄純に決まったそうだ。
「昨日の夜監督が練習場来てそう言ってたぜ」
『まじかあ…たしかに最近栄純調子いいもんね』
「かなり期待されてるってことだな」
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その2日後に埼玉で行われたダブルヘッダーでは、監督の宣言通り栄純ではなく第1試合を降谷くんと川島が登板し、第2試合ではノリが完投しどちらも勝利を収めた。
その後、明日の白龍戦に向け群馬へとバスで移動し、宿に着いたところでわたしたちはようやく落ち着つことができた。
『あれ、御幸だけ?』
「もう終わったよ。どうした?」
『ナベちゃんに明日のことで用あったんだけど…探して来るね』
白龍のビデオを確認すると言っていたナベちゃんを探してここまで来たものの、そこにいたのは御幸だけだった。そのまま部屋を出ようとすると、御幸がちょいちょいと手を動かしている様子が視界に入った。
『…なに?』
「いや?来るかなーと思って」
『わたし犬じゃないよ』
「はっはっはっ、知ってるよ。…来ないの?」
『え、用あるなら行くけど…』
「あるある」
言われた通りにテーブルの前で胡座をかいている御幸の隣に少し距離を置いて正座し、そのまま白龍戦のビデオを見ながら明日特にとってほしいところを聞いていく。
『ん、分かった』
「よろしくな」
御幸の横顔はとても楽しそうだ。なんたって白龍は全国レベルの実力校。自分たちの力がどれだけ通用するのか、試すのには充分すぎる相手だ。
「?なに?」
『んーん、楽しそうだなって』
「そうか?」
『…失礼なこと承知で聞くけど、御幸って野球以外楽しいことある?』
「俺そんなイメージなの?」
『うん』
「…そうだなあ、」
少し考えてから、ゆっくりと発せられた御幸の言葉。
「…なまえといるときは、楽しいよ」
『……』
「はっはっはっ、顔真っ赤だぞ」
『あーもう!やめてよそういうの!」
「本音だからな〜」
もうもう…もう!本音かどうか分からないような言葉なのに、素直に受け止めてしまう自分が嫌だ。無意識に御幸の視線から逃れようと、顔を反対側に向ける。
「照れてるなまえちゃんかわいい」
『もう黙って…』
「一緒に行かない?」
『どこに?』
「東京選抜」
『…ばかなの?』
また失礼なことをわたしが言っているのに、それを気にも留めずボソボソと話し続けている御幸はなかなかシュールだった。
「あーでも連れてっても鳴とかめんどくせぇな…」
『おーい』
「いやでもそうすると倉持が何するか…」
『わたしの声聞こえてる?』
「短ぇと思ってたけど3日ってやっぱ長ぇな…」
『……』
「なまえ」
名前を呼ばれた方を向くと、目の前には御幸の不安そうな顔。 そんな顔、2年以上一緒にいて初めて見たよ。
『御幸』
「…」
『待ってる』
目を合わせてそう言うと、御幸は穏やかに笑った。それがあまりにも綺麗だったから、イケメンはつくづく心臓に悪いと思った。