「………………かえる」

沢山の光と音に囲まれた空間で、砂夜子はぼそりと呟いた。

アーケードの一角に新たにオープンしたというゲームセンターに放課後立ち寄った一行は、早速店内で騒ぎ始めていた。
そんな中、クレーンゲームの前を通りかかった砂夜子は、透明で大きな箱の中に山積みにされたぬいぐるみに興味を惹かれ、立ち止まり呟いた。

「かえる? ……ああ、カエルね!」

ぬいぐるみの山の一番上に鎮座する黄緑色のそれ。気が付いた遊菜は砂夜子と同じようにケースの中を見た。
黄緑色の大きなカエルのぬいぐるみがじっとこちらを見ていた。可愛らしくデフォルメされた黒い瞳と目が合う。
砂夜子はしばらくぬいぐるみを見つめると、くるりと背を向けて歩き出してしまった。
どうしたのだろう、欲しいのではないのか? 遊菜は首を傾げた。

「砂夜子ちゃん? いいの? ぬいぐるみ……」

「いい。 それより、早く十代たちのところへ行こう」

「あっ……砂夜子ちゃん!」

さっさと行ってしまう砂夜子の後を遊菜は追う。
その時そっと振り向けば、大きなカエルはだらりと横たわったままだった。


 砂夜子と遊菜は店内の奥に進んでいく。
するとそこにはリズムゲームをする男子陣の姿があった。
太鼓を、画面に表示される指示通りリズムよく叩いていくゲームだ。
流行りの音楽の中で、ヨハンが軽やかに太鼓を叩く。ひとつもミスをすることなく叩くヨハンの隣で、ジムが太鼓を叩いていた。……こちらは大分ミスが多いようである。

「おおー、流石ヨハン! 上手いねー」

「遊菜、砂夜子」

後ろで見ていた十代が遊菜たちに気が付いた。
一旦ヨハンとジムから視線を外し、遊菜たちに向き直る。

「だよな、流石ヨハン。あいつリズムゲーだけは妙に上手いよな」

「ジムは下手クソみたいだな」

砂夜子がヨハンの言葉に被せて言った。
その瞬間ジムの手から撥が滑り落ちた。と、同時に聞こえてくるゲームクリアの音声。
ゲームエンドである。
フルコンボ達成! ヨハンが小さくガッツポーズをして遊菜を見た。
遊菜は十代と話しているため、ヨハンの視線に気付かない。ひとりで盛り上がる自分が何だか可哀想に見えて、ヨハンはそっと撥を置いた。嗚呼、人生とは上手くいかないものである。
その隣では、ジムが膝を抱えてのの字を書いていた。気になるあの子に言われた言葉による心の傷は大きかったのだった……。
この太鼓のゲームは遊菜もよくプレイするものだった。
当然、やってみたくなる。

「ね、やってみよう砂夜子ちゃん!」

「いや、私は……」

「いいからいいから!」

ほらどいて! 遊菜のそんな言葉とともに、ジムとヨハンが太鼓の前から退いた。
イマイチ乗り気ではない砂夜子に撥を持たせ、遊菜は小銭を機械に投入する。
タイトル画面が流れ、プレイする曲の選択画面が表示された。遊菜は楽しそうに笑みを浮かべ、曲を選んでいく。知らない曲たちを何となく眺め、首を傾げる砂夜子に十代が遊び方を説明した。

「それで、この色の丸が来たらここを、違う色の時はこっちを叩けばいいぜ。最初は難しいかもしれないけど、まあなんとかなるだろう」

「ふむ、わかった」

「……よし! いくよ、砂夜子ちゃん!」

選曲が終わったらしい遊菜が撥を構えた。砂夜子も見よう見まねで撥を握る。
少しすると、音楽が流れ始めた。
流行りの音楽のイントロとともに、二色に別れた丸い太鼓を模したマークが流れてきた。
遊菜が太鼓を叩く。するとマークがきらりと光った。

「む……難しい……」

「ほら、ドコドン、ドン、ドコドンだよ!」

リズムよく遊菜は太鼓を叩く。しかし砂夜子は全く叩けずにいた。
撥をしっかり握り、太鼓を叩いているつもりなのに、画面上ではそれが全く反映されていない。マークたちは流れていくだけで、きらりともしなかった。叩けたとしても、マークとマークの間だったり、連打ポイントだったりで、ジム以上に悲惨だ。
前かがみになって、最早画面すら見ていない。

「……なんていうか、どっこいどっこいだな。ジムと」

「いや、ジムよりひでえよ」

「Fightだ砂夜子!」

それから数十秒後、『失敗ザウルス……』という音声と同時に砂夜子は崩れ折れた。
がっくりと肩を落とし、遊菜に抱きつく。
遊菜は苦笑いをしながら、砂夜子の背中を叩いた。しゅんぼりと垂れた緑色のリボンを指で摘んで元に戻しながら、言う。

「初めてなんだもん、あれくらい普通だって。私もミスしたし」

「……ミス3回が何を言う」

遊菜の馬鹿。
そう言って砂夜子はぎゅうううと遊菜に抱きつく手に力を込めた。
遊菜は『はいはい』と適当になだめ、砂夜子を引っ付けたまま十代たちを見る。

「次なにしようか?」

「俺あれやりたい。あれ」

「どれだい?」

十代が指をさす。その先をジムと遊菜、ヨハンは見た。
そこには“DEATH GATE〜死の館〜”と書かれたポップがあった。

「却下!!!」

遊菜が即答した。
目を見開き、本気で嫌がっている顔である。くわっと覇気を放出しながら、十代を睨めつけた。
十代は一瞬怯むも、すぐに口角を上げた。玩具を見つけた子供の目のようだ。

「あー、そういえばお前ホラーダメだっけ。ふーん、へえ」

「なんだよその目は! ああそうだよ嫌いだよ!」

「平気だって、俺がいるんだから」

十代が遊菜の髪をくしゃりと撫でながら言う。
からかいを含んだその顔を見上げ、遊菜の頬が膨らんだ。ついでに僅かだが涙が溜まる。ムカつく幼馴染の手を払い除け、腕を組む。キッと十代を見て、冷静に努めながら言い返した。

「別に十代が居ても居なくても、嫌いなものは嫌いなの」

「一生克服できないな、それ」

「もー、やめろよふたりとも。見てるほうが恥ずかしいんだけど」

小さな口喧嘩を始めてしまった十代と遊菜、そして間に入って仲裁しようと奮闘するヨハンから、砂夜子は距離を取った。入り込めない空気に、思わずため息を付く。

「暇だな」

そんな砂夜子に声をかけるのはジムだ。彼もまた、十代たちの喧嘩に首を突っ込めずにいた。砂夜子はジムの隣に立つと、小さく頷く。遊菜も十代も好きだが、こうなってしまっては関わるべきではない。傍で見ているに限るのだ。
しかし何もしないでいるのも疲れる。せっかく遊びに来たのだから、何かやりたい。
そう思ったとき、ふと脳裏をよぎる黄緑色の姿があった。砂夜子は少しだけ考えた。

随分と高い位置にあるジムの横顔を何となく見上げ、その長い腕を掴んでみる。
袖の辺りを摘んで、引っ張ってみた。

「ん? どうしたんだい、砂夜子」

「……かえるが、いたのだ。さっき」

「かえる?……Frogのことか?」

「……む」

完全に自分の世界に入ってしまった十代たちを何度か振り返りながら、砂夜子はジムの袖を引いた。


 * * *



 「……あ、あれ! そうだあプリクラ撮ろうよ!」

「プリクラ?」

「皆で可愛く写真撮るの!」

遊菜がプリクラのブースを指差しながら言った。長い髪を揺らしながら、それはもう楽しそうに。
初めて聞く単語に首を傾げる砂夜子の腕を引き、走る。
後ろから男子陣がついてくるのを確認して、一台のプリクラ台の中に飛び込んだ。
小さな部屋の中は真っ白で、砂夜子は目をつぶる。眩しいのは苦手だった。

「うお! 狭いなあ」

「Oh! これが噂に聞くプリクラか!」

「眩しい……」

ドタバタと十代たちが中に入り込んできた。
狭い室内に男女五人は少々きついようで、ぎゅうぎゅうとお互いを押し合っていた。
そんな中、遊菜はひとり黙々とプリクラの設定を弄る。好きな背景と効果を選んだ。

「みんな! ほら、カメラ見てカメラ!」

気付かないうちに始まってしまった撮影。なんとかカメラ目線を成功させるも、その表情は皆バラバラだった。
遊菜の隣で狭い狭いと押し合う十代とヨハン。目を丸くして硬直する砂夜子。その後ろで全く違う場所を見つめるジム。そして明るい笑顔でカメラを見る遊菜。
一枚目が撮り終わり、次々と撮影は進んでいく。
二枚目は遊菜と十代、三枚目は遊菜と砂夜子、四枚目は十代、ジム、ヨハンでそれぞれ撮っていった。


 * * *

 
 撮影と落書きが終わり、プリントアウトされたプリクラを遊菜は見つめた。
散々書き込まれた一枚目に視線を落として、こっそり笑みを作る。

すっかり夕日に染まった帰り道を、十代、砂夜子と共に三人で歩く。
隣を歩いていた十代が、遊菜の手元のプリクラを覗き込んだ。
様々な表情を見せる仲間たち。十代の表情も自然と柔らかくなった。

「……さっきは言いすぎたかも、悪かった」

「……あー……うん。いいよ、もう」

怖いものが苦手な遊菜を十代が馬鹿にして、勃発した小さな口喧嘩。
その場の空気とヨハンによってもみ消されたけど、実はまだお互いに謝ってはいなかった。
橙色の夕日が最初から明るい色のふたりの髪をさらに明るく染め上げる。
きらきらと光る金色の髪を風に遊ばせて、遊菜は笑った。
くたりと、力を抜くようなそんな笑顔だ。その笑顔を見つめ、十代も笑みを浮かべる。

「仲直りということで」

コツンと互の拳を突き合わせ、笑った。

 一歩先をいつもより軽やかな足取りで歩く砂夜子は、ふたりの会話を聞きながら、紫色に染まりつつある遠くの空を見上げた。鞄と、黄緑色のぬいぐるみを両腕で抱えて。
ローファーの鳴らす靴音と十代たちの笑い声が耳に心地よい。腕に抱えた黄緑色はとても肌触りがよくて、何度も撫でた。もうすぐ夜になる。大好きな夜だ。気分がいい。
素敵な事が重なって上機嫌でスキップしそうになるところを、遊菜の声が呼び止めた。

「ねえ、砂夜子ちゃん。ずっと気になってたんだけど、そのカエルどうしたの? 最初に気にしてたやつだよね」

「俺も気になってた」

「これは……ええと」

砂夜子は立ち止まった。後ろのふたりも立ち止まる。
夕焼け色に染まったふたりに見つめられ、砂夜子はそっと笑った。

「まあ、内緒だ」

黒髪を翻し、ふたりに背を向ける。
後ろから聞こえてくる楽しげな抗議の声を背中に受けながら、背の高い彼にもらったカエルを抱きしめた。


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