島全体が寝静まる時間の中、誰も居ない海辺で名前と二人でゆっくりと足を進める。僕達が居るのに、誰も居ない、と言う言葉は少し可笑しいかもしれないな。

「エド君、エド君。満月だよ!」

 名前が真上を指さして笑顔でそう告げる。空を見上げれば、名前の言う通り、そこには今にも地上に落ちてきそうな程の大きな満月が微かな明かりを燈していた。きれい、と呟く名前は、夜空に向かって恍惚とした表情を浮かべていた。
 夜空に浮かぶ満月はとっても綺麗で、月と星を映す海はキラキラと輝いてて、砂は月の光で海以上に煌いてて。夜って本当に、自然の素敵なものを引き出す最高の時間だと思うんだ!
 まるで何かの小説にでも書かれているような長々しい台詞に、そうかもしれないな、と興味が無いように返事をすれば、名前は不満そうに頬を膨らませた。

「エド君はそう思わないの?」
「どう思うかは、人それぞれだろう」
「まぁそうだけどさ……砂さらさらだぁ」

 膝を曲げ、粉のように柔らかい砂をかき集めて山を作り始めた名前の隣に立てば、名前は首を上げ大きな瞳を此方に向けた。薄暗い夜の中だと言うのに、名前の碧い瞳は夜の闇に埋もれることなく、夜空で光を発している星々のようにその存在を主張していた。
 自分の事を見下ろしている僕に、エド君も一緒に砂のお城作ろうよ! と名前は無邪気な笑顔で笑いかける。夜が素敵かどうかと言う会話が一方的に切られた事に小さく溜め息を吐く。名前はマイペースと言うか、自由人すぎると言うか。

「あ、釣り竿持ってきてないや」

 また話が飛んだ。砂の城から釣りの内容に変わった事に、また溜め息を一つ。だが名前は眉を下げる僕の事などに気付きもせずに、指で砂の上に何かを書いていた。どうやら釣りはどこかに消えたらしい。夜の話と砂城の事と釣りの事を思考の隅に置いて名前の指の動きを目で追う。平らだった砂が名前の指で凸凹を作ってゆく。

「できた!」
「……何だそれは」

 腰を曲げて名前の足元を凝視すれば、そこには二つの顔……らしきものが描かれていた。やけに幼稚と言うか、まるで小学生の描いた親の似顔絵の様な絵だった。そんな絵に小さく鼻を鳴らせば、名前はまた頬を膨らませた。笑わないでよ! と眉をつり上げた名前に軽く謝って、もう一度問いかける。この絵は何だ? 僕の質問に名前は、私とエド君だよ、と子供が描いたような絵を指さした。これが僕だと言うのか? まったく似てないな。
 お前に絵の才能は無いようだな。嘘だぁ、こんなに上手にできたのに! どこがだ。エド君そっくりだよ! 目元とか! ……どこがだ。
 自身満々にそっくりだと言う名前の言葉を否定し続ければ、名前は頬を膨らますだけでは済まなくなったのか、砂の付いた指で僕が愛用しているグレーのスーツの裾を掴むと、勢いよく引っ張った。屈んだ体制だった所為か、名前の力はそれほど強いと言うわけでもないのに、僕の体は砂の上にへと倒れた。慌てて手を付いてスーツと砂が接触しないように踏ん張ったものの、その踏ん張りは名前が両手いっぱいに掬い上げた砂を背中に掛けてきた事によって無駄になってしまった。

「やめろ! 服が汚れる」
「私の絵を笑った罰だよー」

 えへへ、と笑いながら、水を掛ける様に砂を撒き散らしてくる名前に肩を下げる。まったく、本当に人の迷惑を考えない奴だ。立ち上がって服に掛かった砂を払えば、無数の砂粒が落ちてゆく。最後に少し乱れた髪を整えて、未だに座り込んでいる名前に右手を差し出す。指と爪の隙間に砂が詰まってしまった僕の五本の指を見て、名前は首を傾げる。そろそろ帰るぞ。そう言えば、名前はえぇ〜、と眉を下げた。
 僕は自分のクルーザーだから問題ないが、お前は早く寮に帰らないといけないだろう。抜け出したのが見つかったらどうするつもりだ?
 そう言って名前を立たせようとしたものの、名前はそれでも足を上げる事はしなかった。まだ此処に居たいのか、それとも寮に帰りたくないのか。どちらの理由なのかは知らないが、僕はそろそろ帰って休みたいんだ。砂で汚れた服と体を早く洗いたい。

「風邪をひくぞ」

 僕のその言葉に、名前はぴくりと反応した。エド君が温めてくれたら良いんじゃないかな! なんて声を上げた名前に、三回目の溜め息。名前と同じ目線になるように片膝をついて、来ていたスーツの上着を脱ぎ名前の肩に掛けてやる。名前の碧い瞳に、困ったような、呆れている様な表情を浮かべている自分の顔が映っていた。
 上着が無くなったことに、少し涼しくなった肩を竦めさせる。そんな僕に、名前は嬉しそうに目を細めると、絡め取る様に僕の右腕に抱きついてきた。上着を掛けてやっただけなのだが、名前には効果抜群だったようだ。膝を伸ばせば、自然と名前の足も立ち上がる。先ほどとは打って変わって、帰ろう帰ろう! と腕に頬ずりをしてくる名前。これはもう自由を通り越した、ただの自分勝手な域だな。

「ねぇ、エド君」
「なんだ」
「夜ってさ、素敵で最高で、一番幸せになれる時間だと思わない?」

 コアラのようにくっ付いている名前を連れて寮へと戻ろうとして、名前がまた夜の話をし始めた。名前は一日の時間の中で、夜が一番好きな時間のようだ。
 腕に抱きつきながら、まるで愛しい異性と結婚する花嫁のように幸せそうな笑みを浮かべる名前を見て、口を薄く開く。そうかもしれないな。僕を見上げる碧色の中に、彼女と同じように、幸せそうに目元を緩めている男の顔を見た。


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