砂夜子ちゃんが遊びに来たある休日の夕方に、十代の携帯が着信音をけたたましく奏でた。


「誰?」


と、私が興味本意で聞けば、十代はただ一言、ヨハン と返してくれる。メールかなーっと見守っていると、十代は携帯を耳に当てた。どうやら、電話みたい。ヨハンがいきなり電話なんて珍しい。いつもはしょうもない内容のメールばっかり送ってくるくせに。


「もしもし、ヨハ……って!どうした!?」


まぁ、ヨハンだし、と興味を反らした瞬間に十代が声を上げる。余りにも十代が焦っているから、私は思わず立ち上がってしまった。目の前にいる砂夜子ちゃんは首を傾げている。


「ちょっ、ま!ちゃんと喋れ!なに!?聞こえねぇ!ヨハン!?ヨハッ……っ!!!」


びくっ と肩を揺らした十代が、携帯を耳から離す。今の様子だと、いきなり切られたみたいだ。ヨハンに何があったんだろう。


「いくぞ、遊菜!砂夜子!」


携帯をポケットにしまった十代は、足を玄関に向けて進め出す。それを見た私たちは、急いで十代の背を追った。



* * *



「助けてくれ…!!」


はす向かいのマンションの二階。ヨハンの部屋に着くと、合鍵を持っている十代はその扉を迷うこと無く開けた。
すると、やつれた様子のヨハンが、玄関にしゃがみこんで震えているのを発見する。砂夜子ちゃんはそんなヨハンの傍らにしゃがみこむと、脈やら何やらを調べ始めた。


「うむ。興奮から派生したちょっとした痙攣だな」

「痙攣…!?」

「極々軽度の、だ。すぐ治まる。大丈夫だ」


調べ終わったのか、砂夜子ちゃんは立ち上がり私に伝えてくれる。痙攣……。心配だけど、砂夜子ちゃんが大丈夫って言うのなら、大丈夫なのだろう。


「ヨハン…!!どうしたんだ!」


絞り出すように言葉を吐いた十代が、青白い顔をするヨハンの肩を、がしり と掴んで問う。
ヨハンは弱りきった目で私たちを見渡しながら、はっきりとこう言った。


「 G 」


時が……随分ゆっくりと流れる。最初にこの静寂を突き破ったのは……


「ギャーーーッ!!!」


砂夜子ちゃんの叫び声だった。
つんざくように真っ直ぐ伸びた叫び声は、全然砂夜子ちゃんの声だと分からない。


「じ、じー、G……っ!Gと言ったな!?ヨハン!」

「あ、ああ!」

「帰る」


砂夜子ちゃんはいきなり落ち着きを取り戻し、踵を返した。その背中は少しばかり揺れている。

もしかして、砂夜子ちゃん……。


「お前、ゴキブリ苦手か?」

「名前を言うなアホが!バカ十代!爆ぜろ!」


十代のオブラートもあったもんじゃない発言に、砂夜子ちゃんは顔を真っ赤にしながら声を張り上げる。そんな砂夜子ちゃんに、十代は片手を挙げながら「悪い、爆ぜるのは無理」と言った。当たり前だろバカ。

どうやらゴキ……Gが嫌いらしい砂夜子ちゃん。何それ可愛い。 ってか、普通誰でも苦手だよね。砂夜子ちゃんは宇宙人だけど。

まぁ、つまり私は普通じゃないってことですね。


「十代は一緒に来て。ヨハンは砂夜子ちゃんをよろしく」


ぐっ と親指を立て、私は部屋の中に入っていく。後ろからはちゃんと十代がついてきているようだ。


「遊菜!行くな!」


なんていう砂夜子ちゃんの声が聞こえるけど、別に戦争に行くわけでもないんだし止めてほしい。なんかすごく恥ずかしいから。


「大丈夫だ、砂夜子……!」

「ヨハン……!?」

「あいつは……遊菜は今までたくさんの死線を潜り抜けてきた強者だからな……!!」


おい、ヨハンまで乗るなよ。
十代が心底めんどくさそうに苦笑するのが聞こえた。



* * *



短絡的に説明すると、Gは仕留めた。

十代が殺虫剤で動きを鈍らせ、私がはたきで横殴りに叩いたらご臨終なさったのだ。簡単だったな。
死骸はちゃんと外に捨てましたよ。私、ティッシュが三枚あれば掴めるタイプの者ですから。えっへん!

ということで、玄関に戻ってきた私たちを、砂夜子ちゃんは半泣き状態で迎えてくれた。仕留めた報告をすれば、無言で抱き締められる。果てには、「遊菜と結婚する」とまで言いはじめて……。超かわいい。砂夜子ちゃん、超かわいいヤバイ。
アレか。Gを倒せる人が好き みたいな。出来るなら、Gを倒せる人と付き合いたいみたいなやつだろう。


「遊菜かっこいい大好き」

「砂夜子、俺への評価は?」

「バカ十代には無い」

「ゴキ……」

「はぎゃっ!十代すごいなぁ!」

「うそくせー」

「嘘だからな」

「ゴキブ……」

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!!!!」


完全に砂夜子ちゃんで遊んでいる十代と、焦る砂夜子ちゃんが可愛くて私はヨハンとその様子を眺めることにした。


「微笑ましい」

「微笑ましいな」

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