「砂夜子ちゃん!」
一人で海釣りをしている砂夜子の背中に、一人の少女が抱きついた。砂夜子はゆっくりと首を巡らせ、その人物を視認する。
「花村、遊菜……?」
うっすらと開いた唇から漏れた名前に、少女はにっこりと微笑む。 そして、「そうだよ!」と、自らが花村遊菜であることを認めた。
「どうした?」、淡白な砂夜子の言葉に、遊菜はある包みを取り出し彼女に渡す。砂夜子は引いていた釣竿を上げ、ルアーに食らいついている深海魚の様な魚を、ルアーから外し、放流した。砂夜子はキャッチ&リリースの精神を忘れない。
そうやって釣竿を放置出来る状態にしてから、その包みを受けとる。
「?」
包みからは甘い匂いが漂っている。甘党である砂夜子は、あからさまにソワソワし始め、遊菜に中身を問いた。
遊菜はそれに笑顔を浮かべると、こう口にする。
「クッキーだよ」
「食べていいのか?」
中身を言った瞬間に、即答。否、即問とでも言うべきか、砂夜子は恐ろしい早さで遊菜に次なる質問を投げ掛けた。遊菜の料理の腕は兼ね兼ね耳にしていた。遊菜の幼馴染みである十代からは、まるでグルメリポートの様に語られたのだ。そのため砂夜子は、遊菜の作る食べ物に激しく興味があった。
「どうぞ、砂夜子ちゃんに食べてもらいたくて作ったんだから」
遊菜が言い切った時には、もう包みは開封されており、砂夜子の手には、既に一枚のクッキーが。形は四角で、所々にチョコチップが入っている。
「……!!」
砂夜子の満天の星空の様な瞳が、キラキラと瞬く。口元は弛み、遊菜はその様子に苦笑を漏らした。
今一度遊菜が勧めれば、砂夜子は遠慮もせずにクッキーを口に含んだ。
もぐもぐと咀嚼していく度に、その双眸は更なる輝きを得ていく。遊菜はその様子に少なからず安堵したようだ。
「おいしい……」
暫くすると、包みは空になる。「お粗末様でした」、そう典型文を言う遊菜に、砂夜子は身体ごと向けた。
「あり…」
「あ、遊菜に砂夜子じゃん」
何してんだー? 暢気な声を上げながら来たのは十代で、砂夜子は自分の言葉に食いぎみに声を出した十代を睨む。十代はその睨みに、「な、なんだよ」と怯むと遊菜の背中に隠れた。
しかし遊菜は、背中にいる十代の首根っこを掴むと、激しく揺さぶり出した。十代の視界は不安定にぐるぐると回る。
「砂夜子ちゃんの"ありがとう"が聞けたかもしれないのに……!!!」
「知ら、ねぇ、よ……っ!?」
遊菜の抜けた理由に、十代は揺さぶられながらもつっこんだ。