『幼馴染みなんだってさ』

手の中に収まる、赤色のリボンを小さく揺らした。柔らかなそれは触り心地が良い。

「ふーん。確かに、仲良そうだね」

アカデミアのホール、二階の手摺から下のフロアを見下ろして、吹雪は言った。
吹き抜けのホールは広々として気持ちがいい。ずっと前から、ここは私のお気に入りの場所だ。

『何か、良いなぁ』

「羨ましい?」

『羨ましい』

吹雪の問いに頷いて、吹雪と同じように下を見た。
色とりどりの制服を着た生徒達の中に、忙なく動き回る生徒がふたり。
銀色のスーツを纏い、同じ色の髪を揺らす青年と、チョコレート色の髪を翻し、青い制服の裾をはためかせる少女。
ふたりは何かを探しているようで、先程からずっと、しゃがみ込んでは自販機の周りを覗き込んだり、立ち上がって辺りを見渡している。
……エド・フェニックスと樹野原世南。
最近話題のふたりだから、なんとなく名前と顔を覚えていた。特にエドは。

そんなふたりの様子を遠くから眺め、目を細めた。
隣に立つ吹雪が、手摺に寄りかかり口を開いた。のんきな声に耳を貸せば、へらりと笑みを浮かべてくる。

「幼馴染と一緒に学園生活っていうのも憧れるよねえ。ドラマみたいで」

『……そうだね。幼馴染って、憧れる。なんでも話せて、なんでも知ってて、他の友達とはどこか違う』

「……うん。でもまあ、幼馴染もいいけど、普通の友達だって十分魅力的さ」

吹雪の言葉に適当に頷いて、エドたちを視線で追う。
ふたりはきっと、探している。大事な落とし物を。

『………あ』

「ん?」

藍色の髪の少女が、慌ただしくふたりのもとに駆け寄った。
少女は世南に申し訳なさそうな顔を向け、首を横に振った。ぱさぱさと長い髪が揺れる。なるほど、彼女も世南たちの探し物を手伝っていたのか。
可哀想に。いくら探したって、見つかりはしないのに。

なぜなら、探し物は私の手の中にあるから。
右手の指先に、さらさらとした布の質感が伝わってくる。

真っ赤なリボン。恐らく、世南のもの。彼らはこれを探している。

「エドと世南ちゃんたち……何をしてるんだろうね? 探し物かな?」

『うん、多分これを探してるんだよ」

手に持っていたリボンを見せる。すると吹雪は目を丸くした。

「どうしたんだい? それ」

『さっき廊下で拾ったの』

下のフロアで動き回る世南の髪には、いつもくっついているリボンがない。
今私が持っているリボンが、ついさっきまで彼女の髪を彩っていたリボンだ。
眼前に掲げ、まじまじと眺める。綺麗な赤は、彼女の栗毛によく似合う。

「ねえ、見つけたなら返してあげなよ」

吹雪は言う。もっともだ、その通り。
私は“わかった”とだけ言って、相変わらずありもしないところを探す彼らを見下ろす。
何だか、妙な気分だ。

“世南ちゃんには敵わないなあ”

唐突に、いつだったか、藍色の髪を持つ少女が言っていた言葉を思い出す。

“幼馴染みには敵わないよ。エドくん、いつもとは何だか様子が違ってたし”

そう言って、藍色の髪を揺らし、少女は寂しげに笑っていたっけ。

『世南ちゃんってさ、可愛いよね』

「突然どうしたの」

『可憐な美少女っていうの? ふわふわしてて、髪とかさらさらで、華奢で守ってあげたくなるような、そんな感じ』

私には無い魅力。少しだけ羨ましくて、悔しかった。今まであまり感じたことのない、劣等感。
ほんの少しだけど。
それらの気持ちが、悪魔となって囁いていた。

意地悪しちゃえ。

……と。

「ほら、返して……」

『もうちょっと……』

「露樹?」

まだ、返したくない。
そう言おうと思って口を開いたとき、少女の悲壮感に満ちた声が聞こえた。
吹雪と共に下を見る。するとそこには泣きそうな顔をした世南と、世南の肩に手を置いて励ますエドの姿があった。

……何だろう、この感覚。
沢山の人から、責められるような、罪悪感に苛まれたような、やっぱりどこか羨ましいような。

『……わかった。返す』

「……うん。僕も行くよ」

『いや、ひとりで行く』

これ以上、私は意地悪なやつになれなかった。
吹雪のもとを離れ、階段を下りる。
彼らの姿が鮮明に見えてきた。もうすぐで接触する。
階段を降りきって、彼らの前に姿を見せた。

「やっぱり、見つかりません……」

「大丈夫、きっとすぐに……」

『ねえ、このリボン……君のじゃない?』

涙の膜に包まれた、大きな瞳と目があった。

ああ、やっぱり返すんじゃなかった。
そんな目で見られたら、私まで泣いちゃうじゃない。
可憐な美少女からは何だか良い匂いがして、私の涙腺にダイレクトアタックを仕掛けてきた。

最初から意地悪なんてしなきゃよかった。


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