▼さようなら また、いつか

ジリジリと太陽が容赦なく照りつけてくる夏真っ盛り。 そして夏休みド真ん中の今は、学生の俺にとっては最高な時期だ。
夏休みの課題はもらった順にコツコツとやっていたので、割りと早い段階で終わらせることが出来た。 読書感想文もあらかじめ本を読んでおいてよかった。 作戦勝ちというやつ。 2周目の特権。


バイトも趣味もなかなかいい感じに進んでいる。 ただバイトは室内でまだいいが、ダンスもパルクールも外でやっているので、日差しがきつい。 こまめな水分補給は欠かせない。 1人でいて倒れるのは笑えないし。


お説教があった後も、入間さんとはちょくちょく会った。 時々この前のような、チンピラに絡まれている所に入間さんが来るということがあり、お説教もあったけど。 ちゃんとお礼のお菓子を後日持っていってるので、許してほしい。 たぶんこれ伝えたらため息つかれそう。 想像が容易い。

バイトのヘルプが無くても会う機会があったことで、入間さんとは結構仲良くなったと思う。 その半分くらいが、仕事を増やしてしまったようなもので申し訳なさもあるけれど。


そんな入間さんが、この度正式配属先が決まったらしい。 今までは研修で、主要区画の交番を回っていたらしい。 新宿にいたのもその1つだったそうだ。 配属先は、俺が知っている通り横浜。 組織犯罪対策部かは、聞いてないのでわからないが。

移動になるにあたって、何故か入間さんは俺にあれには気を付けろ、危ないことはするなと耳にタコができる位に伝えてきた。 保護者じゃん。 自分の胸に手を当てて考えろ? いや、うん。 自分でもわかってるよ、巻き込まれる率の高さは…。 俺は某名探偵か。



「これからは地区が違います。 そうそう君を助けられないんですから、意識をですね…」
「大丈夫ですよ?」
「君の大丈夫は信用なりませんので」
「なんてかなしい」


真顔で茶化した風に言うと小突かれた。 痛くはないけれど、大袈裟に痛がって見せれば漸く入間さんは少し笑った。 今日は会ってからずっと怖い顔をしていたので、笑ってくれてよかった。 やっぱり仲良い人には笑っててほしいものだ。


「入間さんは心配性ですね」
「そうならざるを得ない位に、君が何かに巻き込まれているので」
「申し訳ないです、お巡りさん」
「全く…」



俺がへらっと笑うと、入間さんは呆れたように笑い返してくれた。 そうか。 この感じも今日が最後か。 少し、寂しい。
そう思っているのが顔に出ていたのか、入間さんが頭を撫でてくれる。 最初はどうにも複雑で、気恥ずかしさがあったが、今じゃむしろ落ち着くくらいだ。 入間さんもほぼほぼ癖になってるんだろうなぁ。


「…生徒手帳、持ってますか?」
「え? ありますけど…」
「借りても?」


よく分からないが、生徒手帳がご所望らしい。 夏休みだが、学割目当てに持ち歩いててよかった。 ボディバッグの中から探り出し、出てきた手帳を入間さんに差し出す。
受け取った入間さんは、パラパラページをめくり、メモ部分のところで手を止めた。
そのままポケットからペンを取り出し、そのページに書き込んでいる。 ついに言っても無駄だから注意事項でも書かれるのか…?

スッと返却された生徒手帳を、変に緊張しながら受けとる。 そして何らかが書き込まれたであろうページを探す。 目的のページを見つけて、俺は目を見開いた。 だって、これは―


「私の電話番号です。 …すぐには、駆けつけられないとは思いますが…何かあったら連絡してください」


並んだ11桁の数字。 一市民に早々教えていいものではないはず。 確かに仲良くはなったけれど、俺と入間さんは友達なわけじゃない。 だからこう、明確な連絡先を知るわけには…。
そう思考していると、頬を片手で潰すように挟まれた。 ついでに目線をしっかり合わせるように角度を変えられたせいで、首が痛む。 顎クイだとかそんな生易しいもんじゃなかった。 あと顔が近い。 やっぱり綺麗な顔してるなぁ。 現実逃避。


「何をぐだぐだ考えているかは、なんとなくわかりますが、私から伝えたんです。 問題なんてなにもないでしょう?」
れもでも
「でももだってもないです。 …私が知っていてほしいと思った。 ただ、それだけですよ」



だから、後でちゃんと登録しておいてください。
そうやって笑った入間さんに、俺は頷くしかなかった。 近くで見る美人顔の笑顔は衝撃が大きい。 言われた内容にも驚いたが、それには嬉しさの方が勝つ。 まるで、特別扱いされてるみたいで、なんだか…なん、だか…?


俺は今、何をおもった、?
いや、これ以上考えるのはやめよう。 これは、答えを見つけてはいけない気がする。
ぎゅっぎゅっと押し込めるように、ふわふわ浮いた感情を沈める。


「…はい…ありがとう、ございます」


俺は、へったくそな顔で笑う。 入間さんは怪訝そうな顔をしていたけれど、業務に戻っていった。
これ以降、あんな図ったように出会していた入間さんと会うことはなかったから、横浜に行ってしまったのだろう。

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