▼よく会いますね

あの駅まで警察の人に送ってもらうという、珍しいことからはや2週間。 今日も俺はバイトに明け暮れている。
誤解しないでほしいが、ちゃんと学校にも行っている。 だが授業は、今さら高校の勉強内容なんて覚えているはずもないので脳をフル回転しているし、友達と呼べる相手もいないので、特に話すことがない。 今から友達って難しいよなぁ…。



そうそう。 新宿のお巡りさん。 駅までの道のりで、名前を聞く機会があったのだが、警察手帳に記されていた名前が、"入間 銃兎"
えっいや、まっさか〜って思うじゃん。 顔まじまじと見るじゃん。 本人じゃん。 じゃんじゃんうるせえ。

整った顔、眼鏡、新緑色の目
ここに警察という要素と、何時だかのドラマパートで出ていた「観音坂独歩とは制服警官時代に会ったことがある」という情報。 つまり新宿で見かける可能性は十分にある。


つまり ここは
武器の 消えた
マイクで戦う ディビジョンバトル〜
の世界なわけだ。 なるほど、把握。 したくないけど、把握。
読むときはぜひともシャンパンコールのリズムでお願いする。 ノリは良い方がいい、きっとたぶん。

パラレルワールドなんかじゃなかった。 トリップだった。 ていうか何で俺?
ヒプノシスマイクは曲がいいし、ストーリーも面白いから知ってるけど! 如何せん情報量が少ない。


まだ武器も消えてないし、ヒプノシスマイクなんてものは現れていない。 総理大臣も男。 なら、あのディビジョンバトルだとかは、この先起こること、だと思う。
入間さんの年齢からしても、まだ、な、はず。
ま、だからといってどうということはないんですけど。 ただの高校生だし。



それに今の目下の問題は別だ。 ラップが俺に出来るかということと―


「また会いましたね、名字くん」
「ハハ、そうですね…。 今日もお疲れさまです」


何故か入間さんによく会うことだ。



──────


新宿へのヘルプはあの日だけじゃなく、今月は何度かある。 月の折り返しの今日まででも数回。 後の半分でも数回。 そんでもって初めて入間さんに初めて会った日月のはじめの頃から今日まで。 ほぼ毎回、入間さんに遭遇している。
見かけるだけ、挨拶する日、駅まで送ってもらう日。 毎回様々だが会うことには会う。 何故。


そして今日は、送ってくれる日らしい。
毎回申し訳ないからと断ってはいるけれど、入間さんの押しの強さに勝てる日が来ない。 確かに補導対象にならなくて済んでるけど! 段々話す内容が世間話位に軽くなって、近所のニーチャン感覚になってるけど!
なにしてんだよ、警察…。 暇か…。


「駅、着きましたね。 名字くんと話してると早いな」
「入間さんが話上手、聞き上手なだけですよ。 俺どっちかっていうと話下手ですし」
「そんなことはないと思いますが…ありがとうございます」
「いやいや、俺の方こそ。 今日もありがとうございます」


深々とお辞儀をする。 暇か…なんて言ったけど、新宿の警察官が暇なわけないよなあ。 なんてったって眠らない街だし。
ぽすりと下げた頭に少しの重みが加わる。 頭が高い? 違う? あ、撫でられてるのか、これ。


「頭を上げてください。 本当に君は見かけによらず丁寧というか、律儀というか…」
「一言余計ですよ。 てか普通、じゃないですか? お礼を言うの」
「常識ではありますが、君くらいの年頃だと、そう素直に言えるものでもないでしょう?」
「ああ…そういう」


確かに同級生に比べると、素直な方だろう。 見た目は高校生でも社会人やってたしな。
それにしても、いつまで撫でてるんだ。 いくら優しめとはいえ禿げたらどうする。


「入間さん、撫ですぎです」
「すみません、つい」
「手が置きやすい高さってか?」


入間さんがでかいだけだが、チビだと言われたような気分になる。 中身的には、大して変わらない相手に子供扱いされるのは複雑だ。 ついじと目で入間さんを見る。 笑ってやがるよ、ちくしょう。


そっと一歩引いて、手から逃れる。 宙をさ迷ってる手には、代わりにひとつの箱を押し付ける。


「名字くん…?」
「あげます」
「えっ?」
「あげます」


駅に向かって駆け足で進む。 人を避けながらはこの新宿じゃ大変だが、それは池袋も似たようなもの。 するりと人並みを抜ける。
途中振り返って見ると、珍しくポカンとしたまま立ち尽くす入間さん。 ちょっと笑えてきたので、調子に乗ったまま大きく手を振ってから改札をくぐった。




──────



"疲れたときには甘いもの!"


そう書かれた付箋が貼られたチョコレート。 感嘆符の隣には、明らかに書き慣れていない兎の絵。 その絵に思わず、笑みが浮かぶ。


「へったくそな絵だ」


はしゃぐように年相応さを見たのは初めてだった。 大きく手を振る彼を思い出しては、柔らかな感情が浮かんでくる。 嬉しさと、いとおしさ。 それがただ単に庇護欲なのか、違うのかはまだわからない。 けれどどうしようもなく思うのはひとつ。


「…っとに、かわいいやつ」


付箋に書かれた兎の絵を、そっと指先で撫でた。

back next
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -