▼side J

ぱたん、と引き戸のクッション材が軽い音を経てて閉まる。 今にも力の抜けそうな足を叱咤し、ふらふらと人気のない休憩エリアに向かう。

時計の針が天辺近くのこの時間が、今の自分には有難い。 1番近い席にドサリと腰掛けた途端に、下半身から力が抜けた。


「はあぁぁー……」


頬の傷は浅く、左腕も縫いはしたが神経にまで達しておらず、後遺症も無いだろう。 それが担当医の見解だった。
本当に、助けられてよかった。
知らない番号に訝しみながらも出て、彼が途切れ途切れにも話してくれて、すぐに見付けることが出来て。 小さな分岐点を間違えずに済んで、本当によかった。

誰もいないことをいいことに、眼鏡を外し、力なく背凭れに寄りかかる。 蛍光灯の光が煩わしく、目元を腕で覆って更に脱力した。

瞼の裏に浮かぶのは、腕や顔から血を流し、青を通り越して真っ白な顔色でぐったりとしていた彼。
記憶よりもがたいが良くなったことや、今年で二十歳になる彼が「もうお酒飲めるんですよ」なんて笑いながら伝えてくれるのを想像していたのに。
何年かぶりの再会が、現実以上の最悪にならなかったことに安心するのと同時に、何故ここまでの危険に晒されているのだという彼への怒りと、あの時一方的に教えるのではなく、ちゃんと連絡先を交換しておけばよかったという自分へのやるせなさ。 ぐちゃぐちゃの感情を吐き出すように、溜め息をつく。


「あのガキと知り合いだったんだなァ、銃兎」
「…左馬刻」


腕を浮かせて、横目で見る。 眼鏡がない分ぼやけた視界でも難なく認識できるカラーに、浮かせてた腕を戻す。
こつりとブーツの踵が音を鳴らし、人気のない廊下に現れたのは、警察病院ここには不釣り合いの男。 だが今回に関しては、こいつのお陰で犯人を全員逃がすことなく逮捕出来た。 面倒な奴に大きな借りが出来ちまったもんだ。


「おーおー、そこまでテメェが影響受けてっとはな。随分とご執心じゃねぇか」
「…うるせぇ」


俺が座る席からいくつか空けて、ドサリと勢いよく座るもんだから、伝わってくる振動に震源地を睨み付ける。 睨まれていてもどこ吹く風で、ご自慢の長い足を投げ出すようにふんぞり返る左馬刻は、手持ちぶさたにジッポを弄る。


「んで?」
「…全治3週間」
「ま、妥当なもんだな。それにガキだ。回復力はあんだろ」
「そうだな」
「合歓を助けてもらったからよォ、筋通さねぇとって思ったんだが」


どっかのウサポリ公が睨み効かせてっから挨拶できねぇわ、と言い、にやりと笑う左馬刻に対して、睨み付ける目に力が籠る。 この男に関わらせてたまるか。 ただでさえ彼は巻き込まれやすいというのに。


「オレ様は行かねぇが、合歓は面会させてやってくれよ。言い出したら聞かねぇ聞かねぇ」
「ああ」
「んじゃまあ、頼むわ。…助かったんだ、いつまでもシケた面してんなよ」
「…わかってる」


左馬刻の小さくなっていく足音に、何とはなしに彼に触れた手を見つめる。
そうだ、助かったんだ。 目が覚めた彼は、手も、頬も、滞りなく血液が行き渡り温かかった。 見つけた時のような冷たさもなく、顔色も幾分か良くなって。 真っ赤になって慌てる彼に、漸く安堵した。 ちゃんと、助けられたんだ。

眼鏡をかけ直し、長めに瞬きをひとつ。
脱力していたのが嘘のように立ち上がり、出口に向かう。
署に戻って書類を作って、調所も少し整えておこう。 あの巻き込まれやすい彼に次会うときには、しっかりと叱らなければ。 知らず知らずのうちに口角が上がった。

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