月が綺麗ですね。 | ナノ

薬老毒仙




 蓮子の傷がだいぶ癒えたので、移動することとなった。

「殺生丸さま。どこへ向かっているのですか?」

 蓮子を乗せた牛車を阿吽に引かせながら、邪見が問う。

「薬老毒仙のところだ。」

「薬老毒仙?」

「薬と毒を司る妖怪仙人だ。」

「ほー。そのような方とお知り合いとはさすが殺生丸さま!」

「お姉さん治るの?殺生丸さま。」

「・・・気に入られたらな。」

「え゛。」

 どうやら仲良しではないらしい。そうなると、方々から嫌われているこの人には無理なのでは?と口に出せばぶっとばされることを思う邪見なのだった。





 ‡ 参拾壱 ‡





「ここが・・・」

 薬老毒仙とやらの棲みかは大きな滝のそばだった。
 辺りに漂う酒気にりんが鼻を摘まむ。

「なんか、お酒くさい・・・」

「すべて酒だからな。」

 りんの率直な感想に殺生丸が静かに答える。

 そのまま奥に進めば、滝の麓に大きな甕がところ狭しと並んでいた。

「わっ甕だらけ。」

 殺生丸がそのひとつをおもむろに引き寄せると、ひっくり返す。

「ひ〜っく。」

 すざっ。

 中から老人がべちゃっと落ちてきて、りんと邪見は後退る。

「こ、こやつが、薬老毒仙?」

「みえないねー。」

「起きろ。」

「んあ!?」

 どげん、と殺生丸が蹴れば、薬老毒仙がびくっと起き上がる。





***





「は〜〜〜?傷薬がほしい?」

 ぶぉりぶぉりと身体をかきながら、とても億劫そうに薬老毒仙が言った。

「やだ。」

「なんでっ?」

 りんが叫んだ。

「え〜おれの薬はそんなホイホイ渡せるものじゃねーしぃ・・・」

(やっぱり殺生丸さま、嫌われておいでで・・・)

「・・・・・・」

 やる気のなさそうな薬老毒仙を殺生丸が睨む。

「・・・言っておくが、使うのは私ではない。」

 殺生丸は牛車の前簾を持ち上げ、横たわる蓮子を見せる。

「んん?」

 薬老毒仙の目がきゅぴーんと光る。

「治す。」

「え゛ええええ。」


 さっきと言ってることがまったく違う。ころっと態度を変える仙人にりんと邪見はびっくりする。

 薬老毒仙はかぶりつくように蓮子の寝顔を覗きこんでいる。

「美しい。気にいった。」

(大事なところはそこか・・・)

「女の子に優しい仙人さまでよかったねー。」

「・・・・・・」

 邪見はただの助平じじいではないか、と冷や汗をかく。

「ふむ。」

 薬老毒仙が蓮子の額に手を乗せる。

「ふむ。」

 さらにおもむろに布団をめくり、着物の合わせをパカッと、開く。

 殺生丸の拳が薬老毒仙の上に落ちる。

「なにをする。」

「誤解じゃ。」

(やはりただの助平じじいではないか?)

 しゅうしゅう、とたんこぶから煙をあげて、薬老毒仙が言い訳をする。
 りんがささっと蓮子のはだけた胸元に布を被せる。

「傷の具合をみたかったんだってば・・・」

「ならば傷だけをみろ。他に指一本でも触れたら殺す。」

 殺生丸が指をバキリと鳴らした。





***





「ふむ。傷は大分ふさがっているようだな。」

「だが、衰弱している・・・」

「熱がでただろう。それで体力がけずられている。それでも、ずいぶんと生命力の強い娘だな。普通のおなごならとうに死んでいる。」

 その言葉に、りんは悲しげに顔を歪める。殺生丸も、あまり表情はかわらなかったが、目を不愉快げに細めた。

「傷を塞ぐだけなら簡単だが、先に体力を回復させねば死んでしまうだろうな。」

「どういうことだ?」

「薬っつーのはな。ただ怪我や病気を治すだけじゃねーのよ。使い方を間違えれば薬も毒となる。」

 顔こそ赤らんだままだが、さっきまでの酔いどれ姿が嘘のように、ハキハキと喋っている。

「傷を塞ぐ薬はあるが、傷を塞ぐのはあくまで本人の力なのだ・・・」

「・・・つまり、体力がない状態で傷を無理に治すと体力が尽きて死ぬということか。」

「さよう。」

 飲み込みの早い殺生丸に、薬老毒仙が、うむ、と頷く。ちなみにりんと邪見はさっぱりわかってない。

「というわけで、先に血を増やしてやらねばの。」

 薬老毒仙が甕からひとすくいお椀に酒を注ぐと、杖でそれをトンと突く。途端に透明だった酒が、赤黒く濁っていく。

「これを飲ませろ。」

 それを見て、殺生丸が眉を寄せる。

「・・・毒の臭いがする。」

「毒だからな。」

「え゛。」

 邪見とりんが思わず声をだす。

「毒だが、同時に薬でもある。飲めばたちどころに血が増え、体力が増す。しかし、痛みと高熱がともなう。その痛みに耐えれなければ、死ぬこともある。どうする?やめるか?」

「・・・・・・」

「それにもっと手っ取り早い方法があるだろう。」

「え?」

 邪見とりんは首を傾げる。殺生丸だけが目を細めていた。

「その様子じゃお前さんも気付いておったようじゃが・・・その腰の刀。刀々斎の天生牙だろ?一度、娘を死なせて、生き返らせれば簡単じゃないか?」

「あ・・・」

 邪見は目から鱗が落ちる思いだった。狼に噛み殺されたりんの傷も、天生牙で生き返った際に全て癒えた。

「・・・・・・」

 殺生丸は黙ったままだった。薬老毒仙の言った考えは殺生丸自身、りんを生き返らせたときに思い付いたことだ。薬を塗るときに痛がる彼女を見る度、高熱で苦しむ姿を見る度、その考えが過った。

 しかし、殺生丸が彼女の首に爪をかけようとすると途端に、痛みを我慢しながらも微笑む顔が過り、どうしてもその爪にかけることができなかったのだ。

「あたし・・・のむよ・・・」

「!」

 牛車の中から目を覚ましたらしい蓮子が、こちらに向かって微笑んでいた。

「薬、なん、でしょ?・・・のむよ?」

 殺生丸がそっと簾を持ち上げて、蓮子の顔を覗き込む。

「また、苦しむことになるのだぞ・・・」

「それか、時間はかかるが、自然に傷が癒えるのを待つという手もあるぞ。」

「んーん、のむ。」

 キッパリと蓮子が言った。

「楽な道に、逃げるのは簡単だけど・・・あたしは挑みたい。」

 殺生丸の脳裏に蓮子の言葉が過る。

 ―――『本当の強さ』って、自分にとって難しいことに挑めることだと思うんだ。

「それに・・・早くまた、殺生丸と手合わせしたいしさ〜」

「お主は戦うことばっかりじゃのう〜」

 また冗談じみたことを言う蓮子に邪見が呆れていう。

「だって、あたし、武道家だもの。」

(『逃げる』のではなく『挑む』か・・・)







薬老毒仙さま、すっごく好きです。実は夢主をどう治すかまったく考えてなかったんですが、原作を読み返してて、この方がいた!と、先取りですが出しちゃいました。犬夜叉では女好きキャラって弥勒さまくらいだったんですが、後半は珊瑚ちゃん一筋になってしまったので、薬老毒仙さまって貴重だと思うんですよね。セクハラして殴られるまでがワンセット。また出したいです。
(20/08/07)


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