月が綺麗ですね。 | ナノ

邪見の献身




「ひへっ。ひへっ。」

 邪見は下手をすれば自分より重いだろう布の塊を運んでいた。

「あっ。」

 目的地の部屋の前の廊下で先に待っていた主を見つけ、目を輝かせる。

「(殺生丸さま。もしやわしを待っておいでに・・・!)せ、殺生丸さま。新しい着物です。」

 邪見は主に頼まれたものを恭しくさしだす。

「・・・・・・」

 殺生丸は黙ってそれを受けとると、邪見の空いた手にまたどさっと大量の布を乗せる。使用済みの汚れた布だ。

「処分しろ。あと、粥と煎じ薬をもってこい。」

「え?あ。」

 それだけいうと、部屋の中へ踵を返し、ぴしゃり、と襖を閉められる。

(え。ひどい・・・)

 と、思わなくもなかったが、邪見は仕方なく、また重たい布を持って、いま来たばかりの廊下をトボトボと、とって返すのだった。





 ‡ 参拾 ‡





(殺生丸さまはあれから蓮子につきっきりじゃ・・・)

 でもそれも致し方ない。蓮子の傷は人の身には重すぎるものだ。
 つきっきりで看なければ、今にもコトリと死んでしまいそうだ。

 とくに今いる場所は妖怪の宿だ。殺生丸の屋敷までは遠すぎて、蓮子がもたないと判断し、急遽借りた宿だ。
 そこに手負いの蓮子と幼いりんを置いておけば、人の血の臭いに理性を失った妖怪が襲わないとも限らない。ますます殺生丸は離れられない。

 なので、身の回りの必需品は全部邪見が手配をしていた。

(正直、しんどい・・・)

 はあ〜。と大きくため息をつくが、最後に見た蓮子の青い顔を思いだし。首を振る。
 が、ふと考える。

(いやいや、わしだってもう少し手足が長かったら、殺生丸さまの盾になるくらい・・・)

 そこまで思考して、以前、殺生丸が風の傷で木っ端微塵にした妖怪たちを思いだし、

(いや、やっぱ無理。)

 と、キッパリ諦めるのだった。





***





(おや?)

 邪見はすぐに粥と煎じ薬を用意し、お盆にそれぞれと念のため水の入った吸い口を乗せて部屋に持っていった。
 いつもなら、先に殺生丸が待っていたり、りんが顔を覗かせているのだが、それがなかった。

「あの〜・・・殺生丸さま?」

「入れ。」

 恐る恐る襖に声をかけると、入室の許可を頂けて、邪見はホッとする。

 静かに襖を開けて、邪見はぎょっとする。
 窓際で殺生丸が蓮子を腕に抱えていた。
 窓の燦に腰掛け、片腕で器用に蓮子を横抱きにし、主は月を眺めていた。蓮子は主の肩にクタリともたれ掛かっている。
 りんは寝てしまったらしく、部屋の隅で丸くなっていた。

「殺生丸さま、何をなさっておいでで?」

 蓮子を床につかせなくていいのかと首を傾げると、邪見の言いたいことを察したのか、珍しく主が口を開いた。

「・・・蓮子が、寝たきりだと床擦れとやらになるからたまに抱えろ、ついでに月が見たい。と・・・」

(なんと、ワガママな・・・!)

 体よく抱っこをせびられ、言うことを聞いている主も主だが。
 りん曰く、最初に蓮子が主にしたお願いは「手を握ってほしい」という可愛らしいものだったそうだが、だんだんと遠慮がなくなっている。

「で、そのまま寝てしまったんですな?」

 主の腕の中で全身を預けている蓮子の目は固く閉じられていた。
 『図々しい』、『面の皮が厚い』などの言葉は彼女のためにあると邪見は思う。

 しかし、その額に浮かぶ冷や汗と、血の気が引いた顔を見ると、ついつい眉根が下がってしまう。

「本当に、仕方がない奴じゃのう・・・」

 しみじみと呟いた。

「どうせ、殺生丸さまが喋るなというても、喋って無駄に体力を使ったのでしょう?」

「・・・ふっ。」

 しみじみ言った邪見の言葉が、まるでみていたかのようにそのままで、殺生丸は少し笑った。

 それを見て、邪見はまたしみじみ思う。

(仕方がないのう・・・)

 熱冷ましの薬湯が効いてるのか、蓮子はときどきは目を覚ますようで、起きてる間は笑顔で談笑するそうだ。殺生丸に馬鹿なお願いをしたり、冗談を言ったり。

 そして、夜中にはまた熱を出して苦しむ。

 りんは夜中にだけ傷が痛むものだと思い込んでいる。

(そんなわけあるか。)

 きっと、ずっと痛いはずだ。

(阿呆な娘じゃ。)

 ほんの数日前までなら、人間の小娘ひとり死んでも、邪見にとってはどうでもいいことだった。

(仕方がないのう・・・)

 だけど、今はもう、死んだら困るのだ。だから、仕方がない。

(殺生丸さまの御為ならば、この邪見、たとえ火の中水の中、どこまでも馳せ参じますぞ。)

 主の笑顔を守るためならば、仕方がない。







邪見はたぶん有能なんだろうな、と思ってます。殺生丸の側にいるのを許されているだけじゃなく、頼み事なんかは全部邪見にしているようなので、だいぶ信頼してるんだろうなと思ってます。
あと、初期の殺生丸がよく笑うのは邪見と二人だったからかなとか思ってます。邪見って面白いじゃないですか。で、ときどき虐めたりして、ストレスフリーだったからよく笑っていたのではないかと。
犬夜叉たちと関わるようになってからは左腕失くすし、奈落とかよくわかんないものになんの因縁もないのに目をつけられるし、ちょっと可哀想じゃないですか?
あと『手足が伸びた邪見』を想像した管理人は一人で爆笑してました。
(20/08/06)


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