見舞い


先日の野外訓練で腫れあがった足は全治二週間の大怪我だった。
応急処置が良かったらしく傷口自体は大したことなかったものの、捻って腫れ上がったこと自体はいかんともし難かった。新野先生から、しばらく安静にすること、とお達しを受ける始末。
よって座学の授業には出席できるものの、実技の際は部屋に籠もって療養する羽目になる。
くのたまとはいえ上級生なのだから、授業の内容は実技であることの方が断然多い。しからば、部屋に籠もる回数も断然多い。時には丸一日実技のために丸一日部屋へ籠もらなければならないこともある。
あまり大きく動けないから少し窮屈ではあるけれど、もともとインドアな私にはそれほど苦ではなかった。
それに退屈とも思わない。何故なら、
「ななし!」
七松先輩が毎日見舞いに来てくれたから。
「具合どーだ? 歩けるようになったか?」
「だいぶ慣れましたよ。厠に行くのもずっと先生に手伝ってもらってたんですけど、昨日から一人で大丈夫になりました」
「そっか!良かったな!」
授業が無い日は丸一日。授業が早く終わればそのまま直行で。授業が忙しい日には休み時間毎にでも。
まるでこっちが気を遣いたくなるほど、七松先輩は私に会いに来てくれた。
忙しいでしょうから無理しないで下さいね、と声を掛ければ、私がななしに会いたいからいいんだ!、と笑って流された。
また、彼は私を甘やかす。だから私もその言葉に甘えることにした。



その日もくのたまは丸一日実習で、私は部屋に籠もりきりだった。
布団も敷きっぱなし。本当は行儀が悪くていけないことだけど、痛む足で布団を畳むのも一苦労だし、療養を言い訳にたびたびゴロ寝するつもりでそのままにしておいた。
休んでる間に授業から遅れないよう、教科書を前に暫し自己学習する。その後、目が疲れたから休憩を取ることにした。敷きっぱなしの布団に下半身だけ潜り込ませたその時、
「ななし!」
七松先輩がいつも通り元気よく見舞いにやって来た。
「あ、七松先輩。お疲れ様です」
「あれ? ななし、今起きたの?」
「いえ、勉強に疲れたから昼寝でもしようかと」
「なんだ、朝から勉強してたのか? ななしは真面目だな」
布団の横に座ると私の頭をぐりぐり撫でてくる。子供扱いされてるようで気恥ずかしい。
「あ、そうだ」
ずっと小脇に抱えていたものを目の前へかざす七松先輩。
「長次が昨日図書室に新刊が入ったって言ってたんだ! だからお前が好きそうなのを適当に見繕ってもらった!」
ほれっ、と差し出されたそれを手に取る。分厚い本が数冊。
中身を軽く捲ってみれば確かに私の興味を引くような本ばかり。さすがは図書委員長、みんなの貸出カードをチェックしているだけあってそれぞれの本の好みもよく分かってる。
「ありがとうございます」
素直に嬉しい。部屋に籠もっていると時間の使い方にいつも惑うから、あとでじっくり読ませてもらおう。
…でも、今はとにかく、
「ふあぁ」
目が疲れた。先輩の前ではしたないなと思いつつ、ついあくびをしてしまう。
「ななし、眠いの?」
「んん…眠気は無いんですけど、目がショボショボしちゃって…」
長時間にわたって文字と睨めっこすると時々こうなる。
「しょぼしょぼ?」
長時間も文字と睨めっこしたこと無いらしい七松先輩には、いまいちうまく伝わらなかったようだ。
「よく分からんが、ななしが寝るなら私も寝る!」
「え?」
「今日はもう授業無いんだ!いいだろ!?」
言うなり七松先輩は私の太ももへ掛布団越しに頭を置いた。
「ななしのひざまくらー!」
嬉しそうに笑いながら私を見上げてくる先輩に、どうしていいものか戸惑ってしまう。この体勢で膝枕を実行されると私、布団に潜れないんですが…。
「うおおおスッゲェ! ななしの太ももヤワイぞお!」
楽しそうに頭をゴロゴロさせる先輩。無邪気にはしゃぐ姿が子供のようでちょっぴり可愛いと思ってしまった。マゲも一緒にゴロゴロして少しくすぐったい。
「先輩、恥ずかしいで、」
「ぐー」
「え!?」
聞こえてきた寝息にたまげる。今の今まで会話してたのに…どれだけ寝付きがいいんだ! そんな馬鹿な!
「七松先輩…?」
恐る恐る問いかけてみたものの返事は無い。どうやら冗談ではなく本当に寝入っているようだ。私の太ももの上で気持ち良さそうにスヤスヤ寝息を立てている。まあなんと幸せな寝顔。
「・・・」
はからずも眼下にあるその寝顔をまじまじと見詰めてしまう。日頃いろんな表情を浮かべてくるくると変化するそれが何の変化もなく一定であることに新鮮味を覚えた。こんなに改まって七松先輩の顔を観察するのって初めてな気がする。
「…もったいないなぁ」
きりりと太い眉、大きな瞳、筋の通った鼻に薄い唇。よくよく見れば男前だ。黙って歩けばファンの一人や二人つくだろう、そんな顔。
ただ彼自身の日頃の行いがこの男前度を取り潰してしまっている。本来は男前のはずなのに、度重なる言動が男前という印象を周囲に全く与えてくれないのだ。確実に損してるなあ。ああもったいない。
七松先輩、本当はスタイルだって抜群なのに。忍者服に隠れていると誰もみんな同じに見えるけれど、七松先輩の身体つきは過去に何度か目にしている。逞しいけどしなやかで背が高くて均等も良い。ああああもったいない。
こうして考えてみると七松先輩は長所に比べて短所の方が圧倒的に少ない気がする。そりゃあ強引だし、破壊神だし、体力ばっかりで勉強も苦手な人だけど。忍者として優秀だし、頼りになるし、仲間を大切にしてくれる。
いつだって、お日様みたいに明るい。
もったいない! もったいないっ!!
何がもったいないって、七松先輩の好き人が私なんかであることが一番もったいない。
私なんかに七松先輩はもったいない。
私と七松先輩は釣り合わない。
「・・・」
…たとえ善法寺先輩に想いを寄せていなかったとしても、私は、
「なぞのさーん」
「!」
肩が跳ねた。
誰かが私を呼びながら廊下を歩いてくる。あれは…山本シナ先生の声!
どっ、どどどどうしよう! どうしよう!!!
『なっ、七松先輩!!!』
ヒソヒソ声でひどく動揺しながら先輩のほっぺを叩きまくる。起きて!起きて!お願い、起きて!!
「いああ眠いィ…」
ごろり。先輩は寝返りを打って私の腰にしがみ付く。駄目だ半分寝惚けてる。しかしここで諦めるわけにいかない! 忍たまがくのたま寮に昼間から侵入していたなんてバレたら大問題だ!
『先輩!!!』
「ん〜…」
『シナ先生がすぐそこまで来てますっ!!!』
「・・・」
私の必死の呼び掛けにたっぷり二秒の間があったのち、ばちっ!と勢いよく目を開ける先輩。それから慌てて身体を起こしあたふたするも、
「なぞのさん、失礼するわね」
ついに部屋の前まで来たシナ先生が戸に手を掛けるのと、切羽詰まった七松先輩が私の掛布団へ潜り込んだのは、ほぼ同時だった。


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