店に入り、空いてる席に二人で座る。
普段より空いてるとはいえ、他店に比べれば客の数は圧倒的に多い。お店の人が来るまでに少し時間が掛かるみたいだ。
「なに食べようかなあ」
「梅大福の他に何があるんだ?」
「いろいろあるみたいですよ。塩もあるし、豆もあるし…」
「私はななしと同じの食べる!」
「私はあんみつにしようかな」
せっかく来たんだからお土産では食べられないものが良い。壁に貼ってあるメニューから正面へと視線を戻せば、じゃあ私もあんみつにする、なんて七松先輩がニコニコ上機嫌に笑っていた。
食べたいものも決まったし、早く店員が注文を取りに来ないかなあと店内を見回した時だった。店の奥から忙しなく駆け寄ってくる、一人の美女の姿。
「いらっしゃいませ! お待たせしてすみません、ご注文は?」
私達二人の前に湯呑を置く手が、驚くほどしなやかで。学級委員長に勝るとも劣らない、色白美人のお姉さん。
ああ以前おシゲちゃん達に聞いたことがある。彼女はこの店の看板娘、丑乃さんだ。
「あ、えと、」
「あんみつ二つ!」
「それから、お団子三人前下さい」
「三人前? ななしそんなに食うの?」
「あ、そのうち一つは持ち帰りで」
「分かりました」
「持ち帰り? 誰かへ土産か?」
「え、と…ゆ、ユキちゃん達にです」
「そっか! ななしは優しい先輩だな!」
今お持ち致します――そう言って踵を返す丑乃さんからはとても良い匂いがして。本当、聞いてた通りの美人さんだ。
ふりな屋が行列の出来る有名店なのは、甘味が美味しいこともあるけれど、丑乃さん目当ての男性客が多いからだともトモミちゃんが言っていた。その言葉を思い出してぐるりと店内を見渡せば、なるほど男性客も多い。甘味処としてはなかなか珍しい光景だなあ。
そんなことをぼんやり考えながら視線を戻し、正直、面食らった。
七松先輩が、分かりやすいほど丑乃さんの後姿を目で追っていたのだ。
「・・・」
何故か分からないけれど…本当に、何故かは分からないんだけど、
正直 ムカッ ときた。
あれ、なんでだろ、おかしいな。別に私がムカッとくる理由なんてどこにも無いはずなのに。
再びちらりと視線をやれば、店の奥で団子を盛り付けしている丑乃さんが見える。
私とは住む世界が違う、正真正銘の美人。顔の作りも然ることながらスタイルだって抜群だ。女の私が見惚れるぐらいなんだから、男盛りの七松先輩が釘付けになってしまうのは当然のこと。当然のことなんだけど、でも、なんでかな、やっぱり、
…ムカムカする。
「ななし?」
「は、はい!?」
「どうした? 具合悪い?」
「えっ」
どうやら自分でも気付かぬ間に、眉間に皺が寄っていたらしい。駄目だ私、とことん顔に出やすい。ほんとにくのたまかな。
「な、なんでもないです!」
咄嗟にかぶりを振る。自分が原因だとは気付いていないらしい七松先輩の視線が居た堪れなくて、つい目を逸らしてしまった。そんなに心配そうに見つめないで下さい、ちょっと居心地悪い。
「お待たせしました」
もともと仕込みしてあるものを盛り付けるだけなんだろう、丑乃さんはあっという間に私達のもとへあんみつと団子を運んできた。至近距離で見ればそのスタイルの良さがますます分かってしまって、不謹慎だけれど、はからずもたわわな胸に目が向いてしまう。うーん、まるでスイカ。無意識に自分のそれと見比べてしまった。悲しきかな、私はぺったんこ。スイカのスの字もない。せいぜい目の前の団子と良い勝負。
「ごゆっくりどうぞ」
にっこり笑って私達の前から居なくなる丑乃さん。そしてやっぱり、そんな彼女を目で追い掛ける七松先輩。それが男の習性だと言われてしまえばそれまでの話なんだけど、
なんでだろう! 面白くないっ!
「いただきます」
もやもやする一方だから目の前のあんみつだけを視界に入れることにする。いつもならほっぺが落ちそうな気になるんだけど、どうしてか今は味気無いあんみつに思えた。美味しいけど美味しくない。
「なんだかヤケにガツ食いしてるなななし。何かあったのか?」
イライラ。
「何にも無いですっ」
「え? なんか怒ってる?」
「怒ってませんっ」
「何怒ってんだよ」
こんな時に限ってまた会話のキャッチボールが出来ていない。もうやだ。イライラに拍車が掛かる。あんみつこんなに美味いのにー、と能天気に話し掛けてくる先輩がだんだん腹立たしくなってきた。
私、どうしてこんなにイライラしてるのかな。この感情は何なのかな。たとえば今目の前にいるのが七松先輩でなく善法寺先輩だったなら、この感情は容易なものだ。何という名の感情かすぐに察しがつく。だけど今私の目の前に居るのは善法寺先輩じゃあないわけで、
七松小平太先輩なわけで。
…自分自身に戸惑ってしまう。
「私、何した?」
「何もしてませんてばっ!」
気付いた時には声を荒げてしまっていた。ポカンとして私を眺める七松先輩。しまった、と思ったけどもう遅い。
少しの沈黙の後、向こうの席から丑乃さんと客の楽しそうな話し声が聞こえてきた。
「…あ…」
「…ななし」
私の表情をじっと見つめながら、ぽつり、七松先輩は呟いた。
「ひょっとして、ヤキモチ?」
刹那、顔面に熱が集中する。先輩は、え、と声を漏らして目を点にした。
そ、そそそそんなはずない! 違う! だって私は善法寺先輩が好きなんだから、七松先輩にヤキモチを妬くことなんてない!!
「や、やきもちなんて、」
否定の言葉を紡ごうとして、呆気に取られてしまう。
目の前で七松先輩が、過去に見せたこと無いほど、それはそれはもう本当に、まるで本物の阿呆みたいに、
 ふにゃり
嬉しそうに破顔したのだ。
「ヤキモチ! ヤキモチなんだろ!? なぁなぁなぁ!」
締まりのない表情を見せながら、正面から私の顔を両手で挟んでくる。そのとびきり嬉しそうな顔に何故かこっちが恥ずかしくなってきた。
「違います!!」
顔をタコにされながらも必死に否定する。じゃあこの感情は何なんだと問われたら他の何なのか分からないけれど、とにかくこれはヤキモチじゃあない! 違う!!!
本音を言えば認めたくないだけかもしれないけど、違う!!!
「心配しなくても私はななし一筋だぞ!」
人の話を全く聞いちゃいない。ぐにぐにと両頬を押し潰されてひどく困った。そんなにベタベタ触られたらタカ丸くんに施してもらった化粧が剥げてしまう。
「可愛いと思うのも、ムラムラすんのも、守りたいと思うのもななしだけだ!」
「だから違いますって!」
「私を独り占め出来るのもななしだけだ!!」
あんまり大声で恥ずかしいことを連呼するものだから、私もヤケになって強行に及んだ。皿の上にある団子すべてを鷲掴みし、七松先輩の口の中へ無理矢理突っ込んだ。
「ふががが!」
突然気道を塞がれて苦しかったのだろう、先輩は慌てて私から手を離す。が、いけいけどんどんな彼はものの一秒後に先程の表情へ戻ってみせた。
「へえうなお、はあいーあー!!」
照れるなよ可愛いな、って…照れてるわけじゃない!照れてるわけじゃないです!お願いですからもうやめて下さい!!黙ってえ!!
口に団子が詰まってる事実を無視し、依然ふがふがと恥ずかしいことをひたすらのたまい続ける七松先輩。
私はついに耐え切れなくなった。
「ごちそうさまでした!」
お勘定をあんみつの横へ撒き散らしてから土産を持ち、慌てて席を立って店の外へと走る。
「あ!? はっへ!」
待たない! 絶対待たない!
少なくともその団子を食べ終えて静かになるまで、私は絶対待ちません!!!



「なあ、ななし〜…」
「・・・」
「ごめんてば…」
「・・・」
「せめて口きいてくれ…」
聞く耳持たない。
一人もくもくと歩き続ける私のあとを、七松先輩は少し後ろからついてくる。
今回はさすがに暴君度合が過ぎると思う。実習の邪魔をしている上に、せっかく入れたふりな屋で恥ずかしいことをあれだけ大声で叫ばれて、怒るなという方が無理だ。私は菩薩様じゃない。そんなに心が広い方でも無い。
「私、つい嬉しくて…許してくれよ…」
きゅうん、と。七松先輩が背後で捨て犬の表情をしている気配。
駄目だ、振り返ったら負けだ。私は彼のあの表情に弱いんだから。気付かぬフリで通さなければ。
「ななし…」
声まで震え始めてる。切羽詰まってて今にも泣きそうだ。
胸の内がチクリとした。けど、どうしよう、ここで許したらいつもの二の舞な気がしないでもない、でもちょっとやり過ぎかな、ううんそんなことは、しかし可哀想な気も、ううんううん、どうしよう、
…私ってば不破先輩みたい。
「それとも…私のこと、本気で嫌いになったのか…?」
さすがに鬼になり過ぎたかなあ。ちょっと躊躇ってから歩みを止める。
足を止めたその時、前方から騒がしい歓声が聞こえてきた。
「?」
曲がり角の向こうでワアワアと大勢の人が騒いでいるらしい。なんだろう? イベントか何かかな?
「ななし?」
背後の七松先輩は私の対応に必死らしく、前方の騒ぎには毛ほども興味が無いようだ。私に振り返り様「嫌い!」と言われやしないかとソワソワしているのが見なくても分かる。
ふと、曲がり角の向こうから誰かがこちらへ歩いて来た。どんよりと陰を背負い、この世の終わりみたいな顔をしている。
その顔に見覚えがあった。
「あれ?」
よく見たら、あれは一年は組のきり丸くんだ。いったいどうしたんだろ?
「きり丸くーん」
少し遠いけど気付くかな?と思いつつ手を振ってみる。あ、こっちを見た。気付いたみたい。
途端、きり丸くんは今までの陰気が嘘のように両目を輝かせた。そのままこっちへ向かって猛突進してくる。
え?え?なんだろ??
「天は俺を見放さなかったあああ!!!」
こっちへ向かってくるかと思いきや、きり丸くんは私の横を通り過ぎ、そのまま体当たりに近い形で、
「神様仏様七松様アァァ!!!」
「うお!?」
どーん、と。私の後ろに居た七松先輩へしがみ付いていた。
「な、なんだ? どうした、きり丸」
「僕の為に賞金を稼いで下さい!!」
「へ?」
両目を銭にしている彼。事情を求めたら、ほくほく顔で話してくれた。

曲がり角の向こうでは今、商工会主催の「力自慢大会」が行われているらしい。挑戦者が力比べをして、優勝者には賞金が出るという至って単純なルール。
この大会の賞金に目を付けたきり丸くんは、力持ちの友人であるしんべヱくんを勝手に挑戦者に登録したのだという。で、しんべヱくんは優しいから仕方なく引き受けてくれたそうなんだけど。
当のしんべヱくんが、ついさっきお昼ご飯を食べ過ぎてお腹をこわし、厠に籠もったまま出てこなくなってしまったのだそうだ。
そこで、もうこの際ダメ元で自分が出場しようか悩んでいたところへ、
「七松先輩の姿を見付けた、と」
「はい!!」
ちなみに今しんべヱくんの傍には一緒に来ていた乱太郎くんがついているので、特に心配いらないという。
「だから『天は俺を見放さなかった』って叫んでたんだね」
「そうっス! 七松先輩、どうかお願いします!」
「やだ」
「…ええ!!?」
即答も即答。後輩好きな七松先輩にしては珍しい。ちょっと冷たくないかなあ。
「なんで!?」
「だって今ななしとデート中だもん」
さっきまでのほくほく顔はどこへやら。そんなあ、なんて叫びながら泣き喚くきり丸くん。顔から出るもの全部出てるよ、相当必死。
「…あの、七松先輩」
「なんだ?」
「き…きり丸くんの為に賞金を稼いでくれるなら、許してあげます…」
「本当か!?」
瞬時、七松先輩は顔じゅうグズグズなきり丸くんの腕をガッと掴んだ。
「よし!稼ぐぞきり丸!案内しろ!」
「へ!?」
そのまま、きり丸くんを宙に浮かせながら韋駄天の如く走り出す先輩。
相変わらず変わり身早いなあ。
いっぺん頭の中を覗いて見たいです。


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