無言で見つめ合うこと数秒。お互い少し気まずい。
「・・・」
七松先輩はそのままゆっくり私から視線を外すと、
「えっ」
あろうことか、何事も無かったように角の向こうへ引っ込んだ。
え、ちょ、ちょっと待ってちょっと待って、いくらなんでもそれは無理がある!
「先輩、待って…!」
うろたえながら角の向こうへ飛び出せば、先輩はまさか私が追い掛けてくると思わなかったのだろう、露骨に慌てふためき出した。手足をわちゃわちゃとさ迷わせた後、目の前にあった花屋の盆栽を両手に持ち、凛々しく立ち尽くす。それは何ですか、木になったつもりですか。端から見たらただの阿呆の人なんですが。
「あの、七松せんぱ…」
「私は盆栽だ!」
やっぱり木になったつもりだった。変化のへの字も出来てないんですが隠れる気ありますか。盆栽が盆栽と名乗っちゃった時点で既に盆栽じゃないんだけれどあああどこからツッコんだらいいのか分からない。
花屋の主人の奇異な目が痛すぎる!
「さすがに無理があり過ぎんだろ小平太」
「時には負けを認めるのも男だぞ」
聞き覚えのある声が降って来たのはその時だった。
「へ!?」
七松せんぱ…じゃない、凛々しい盆栽と私の前に降り立ったのは、今朝私を見送ってくれた六年生の先輩方四人。潮江先輩、食満先輩、中在家先輩、立花先輩だ。
「先輩方まで…!」
さすがにこれは予想外だった。驚きのあまり腰が抜けそうになる。
「悪いな。くのたまの実習を覗くのは少し忍びなかったんだが…」
「小平太がどうしてもお前のあとをつけると聞かなくてな」
「小平太だけでは問題を起こしそうでどうにも心配だから、ついてきたんだ」
「モソモソ(花屋のご主人、すみません)」
私、今まで五人にあとを付けられていたのか。きっと学園を出た瞬間、お上品な歩き方の研究をしていたところまでしっかり見られていたに違いない。恥ずかしくて死にそうだ。
「私一人で大丈夫だって言ったろ! ついてくるなよ! 問題なんて起こさないから!」
「お前、現に何人か殺る気だったじゃないか」
「私達が止めなければ鉢屋は今頃お星様だ」
これじゃあ実習どころじゃない。ごめんタカ丸くん、せっかく綺麗にお化粧してくれたのに全部無駄になっちゃった…。
「ななし…」
私が目に見えてしょんぼりしたから、さすがに罪悪感が湧いたらしい。両手の盆栽が無ければ見惚れるほど男前に立ち尽くしていた七松先輩が、きゅうと眉尻を下げて口を開いた。
「ごめんな。私、どうしてもななしが心配で…」
食満先輩にさらりと盆栽を押し付けたあと、私をぎゅうと抱き締めて謝罪を始める。
「お前が他の男に言い寄られると思ったら、いてもたってもいられないんだ…」
先輩の顔を見上げれば、過去に何度か目にしたことのある、捨てられた子犬のような表情。なんだか拍子抜け。怒る気にもならない。
「もう、いいですよ」
つまるところ私は七松先輩のこの表情に弱いのだ。
立花先輩が、なるほどなぞのは誰かさんにそっくりだなあ、と中在家先輩を見ながらくすくす笑っていた。
「時にお前、実習はどうするんだ? 小平太にここまで付き纏われてたら合格は貰えないだろう」
「そうです、ね…。七松先輩、今から帰る気には、」
「やだ。私は帰らない!」
「なあ、みんな。この盆栽、店主が買ってくれっていうんだけど…」
「私は今日、ななしの傍を離れんぞ!」
「うう…弱ったなあ…」
「ここはもう私とデートするしかないな!」
「七松先輩、開き直りですか!?」
「他に選択肢なんか無いだろ!」
「それをお前が言うか小平太」
「…分かりました。デート、しましょうか」
「おい聞けよ。この盆栽、」
「やったああ!久しぶりにななしとデートだ!」
「なぞのはそれで良いのか?」
「七松先輩にはさっき助けてもらいましたし…諦めて補習を受けることにします」
「なんだ、結局ノロケで終わんのか。俺達は野暮みてーだから帰るぞ」
「おーおー帰れ帰れ! 初めから頼んでないぞ!」
「俺の話を聞けよお前ら!! 盆栽買えって言われてんだよ!!」
「ああもう、うるさいぞ留三郎。さっさと買ってこい」
「エ!?」



結局、私の実習は結果を出せぬまま早々と終了してしまった。
午後の残された時間でデート開始。
シナ先生、どこかで怒ってるだろうなあ。先を考えると気が重い。
「ななしと町に来るなんて久しぶりだなあ!」
隣で軽くスキップしながらハシャいでいる七松先輩。私に課題不合格の引導を渡した張本人だというのに、少しも罪悪感が見られない。いろいろ呆れてしまう。
…今にして思えば確信犯だったのかもしれない。だって七松先輩のことだもの。
まあいいや。追求する気も起きない。なんだか疲れてしまった。
「どこへ行こうか!」
心底幸せそうに笑う彼に釣られて顔が綻んでしまう。確かに二人で町へ来るのは相当久しぶりだ。初デートの時以来だから、これが二回目。
「あ、ええと、甘味処が良いです」
「分かった!行こう!」
忘れないうちにタカ丸くんへのお土産を買って行こう。…そんな本音を口にしてしまえば、七松先輩はまたヘソを曲げてしまうだろうからあえて黙っておく。ついでに何か食べていこうかな。おやつの時間にちょうど良いし。
「どこの甘味が美味いかなー」
「…あ!」
「どした?ななし」
「ふりな屋が空いてる!」
私の目に飛び込んできたのは巷で有名な甘味処、ふりな屋だった。いつか入ってみたい思っていたけれど、いつもあまりの人の多さに断念してしまい、来店したことが無かった場所。そんな有名店が今日は珍しく空いている。
「あそこに行きましょう、先輩!」
私が滅多にない熱の籠もった声を出すものだから、さすがの七松先輩も驚いたのだろう、キョトンとした顔で私を見ていた。
「あそこ、そんなに美味いのか?」
「たまにユキちゃん達がお土産で梅大福を買って来てくれるんですけど、絶品なんですよ!」
キャッキャしながらそう伝えれば、先輩は私の手を引き、店へ向かって駆け出した。
「それなら入るしかないな!」
楽しそうに笑う先輩を見て、私自身も今日は休日なんじゃないかという錯覚に陥る。

赤の他人が見たら本当にただの庶民カップルなんだろうなあ、私達。


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