二人に続いて角を曲がれば、町中の人がそこに集まって歓声を上げていた。あまりの人だかりにビックリする。結構な大イベントじゃないか。
ふと、人混みの中にクラスメイトの姿を見付けた。あの子、私の一つ前の席の子だ。学級委員長もクラスのみんなも、この人混みに早々に目を付けたからあんなに早く課題を終わらせられたのかもしれないな。このイベントに気付けなかった時点で私はやっぱりくのたまとしてのレベルが低いんだろう…自分にガッカリ。
「さあ! 張った張ったァ!」
歓声の隙間から聞こえてくる行司の声。人混みの向こうに見える壇上で、挑戦者らしい男性二人が瓦を何枚持てるか必死に競い合っている。両手いっぱいに瓦を持っている男性二人の表情は相当苦しそうに見えた。
瓦が一枚加算されるたび、観客から声援が飛ぶ。
「うわあ…凄い枚数…」
あまりの数の多さに自然とそう呟いてしまった。あんなに力持ちな人がこの町には二人もいるんだなあ、凄いや。
「おい! 私の出番はまだか!?きり丸!」
横で七松先輩が落ち着きなく喚く。きり丸くんは苦笑して、この次ですから、と返答した。
「あんな比べ方してたら日が暮れてしまうぞ!」
「すみません。あと少しで終わりますから、もうちょっとの辛抱です。ね?」
「待つのは嫌だ! さっさと終わらせてななしとどっか行きたい!」
「そう言われましても…いやあ困ったなあ…」
「ちょっと終わらせてくる!」
「え!?」
言うなり七松先輩は人混みの間を縫い進んで壇上へ向かっていった。
「ちょ、七松先輩!?」
きり丸くんの制止の声も聞かず、先輩は遠慮無しに壇上へとあがりこむ。
ナニゴトか?と観客が静かになったその瞬間、
「いけいけどんどん!」
ひょい、と。
七松先輩は、瓦を抱えたままの男性二人を両手で軽々と持ち上げた。
刹那の静寂。
あまりに衝撃的過ぎて、私達も観客も…行司も、持ち上げられている男性達当人ですら、一瞬何が起こったのか分からなかった。
静まり返った空気の中で最初に訪れた音は、前の席の子がブッと噴き出して咳き込む声だった。
「すっげえ!!」
きり丸くんの感嘆の声を皮切りに、観客が一斉に沸き出す。誰がどう見ても圧倒的な力の差で七松先輩の優勝だ。ものの数秒で勝負がついてしまった。
七松先輩、本当に凄い。怪力なのは知っていたけどまさかこれほどだったなんて。
「やったあああ! 賞金ゲットおお!!」
「良かったね、きり丸くん」
ぴょんぴょん飛び跳ねて喜ぶきり丸くんに、私も釣られて微笑んでしまう。
しかしその幸せな空気も、七松先輩の次の行動によってぶち壊されてしまったけれど。
「ななしー!!!」
壇上から、男性二人を持ち上げたまま大声で、
「これで許してくれるかああ!!?」
観客がどよめきながらこっちを振り返る始末。
「もう私のこと嫌ってないかああ!!?」
もうやだ。しにたい。
甚だしい羞恥に耐えられなくてその場へしゃがみこんだ。しにたい、の一言が知らぬ間に口から漏れていたんだろう、隣のきり丸くんが苦い顔をしながら必死に私を慰めようとする。
七松先輩、お願いですからもう少し忍んで下さい…本業、忍者なのに…。



きり丸くんは賞金を受け取った後「僕はこれ以上一緒にいると野暮なんで失礼します!」なんて調子の良いことを言いながらあっさり姿を消してしまった。本当、ちゃっかりしてるなあ。うまい具合に七松先輩を利用したと思う。
「次はどこへ行く!? ななし!」
私の少し前を歩きながら、にこにこ顔で振り返る七松先輩。私が嫌ってないと分かって相当安心したらしい、さっきからずっとこの調子だ。
「もう帰りましょう、先輩…」
正直、疲れてしまった。やっぱり私はインドアだ。早く帰りたい。
「ええ!? まだ早いだろ!」
「それは…そうなんですけど…」
確かに、デートとして考るなら帰るにはまだ早い時間。
だけど忘れてはならない、私はまだ授業中なのだ。休日である七松先輩には申し訳ないけれど、私はもうそろそろ学園へ戻らないといけない。
口籠った私に先輩は眉尻を下げて見せたが、それ以上のワガママは言わなかった。
「ちぇ。久しぶりのデートだったから、もっと見て回りたかったけどなあ」
頭の後ろで腕を組み、う〜んと伸びをしてからスタスタ歩いていく。
「はあ…」
俯いたら、つい溜め息が漏れた。帰ったらシナ先生に怒られるんだろうなあ。頑張ったけれどクリア出来なかったというならまだしも、課題に取り組みもせず先輩とデートしてたんだから…場合によっては私だけ補習の内容が特別メニューかもしれない。
気が重いよう…。
 と す ん
「…え?」
不意に前方から聞こえてきた音に顔を上げる。見れば、七松先輩が財布を落としていた。随分と軽い音だったけど…きり丸くんが飛んでこないところをみると中身は空なのかも。七松先輩ときたら、気付かずにそのまま歩いて行ってしまう。
「あ、先輩」
慌てて拾い上げて先輩のあとを追う。けど、七松先輩ときたら聞いてない。
「あの、先輩、」
「今日は楽しかったなあ!」
「え? あの、」
「また来ような!」
「先輩、お財布を、」
「そういやアイツら、学園にもう戻ってるかな!?」
…何か、変。
先輩ときたら様子が変。変というか、変ではないんだけど、至って自然なんだけど、でもなんていうか、
私の話を無理矢理遮ってるような?
「七松先輩…?」
「学園に戻ったらさ、」
抜けるように明るい声で、至って自然に。
「今日の"デート"をアイツらに自慢するぞ!」

…これって、ひょっとして、
『"授業中のくのたま"であることを相手に知られてはいけません』
『必ず相手から声を掛けられること』
『相手の気付かぬ間に、相手の持ち物を奪うこと』
『相手の知らぬ間にそれを私のところへ持ってきて、相手の知らぬ前に返してあげること』
まさか、七松先輩は、

「ちなみに私、学園へ戻る前に厠へ行きたいんだけど。ななしは平気か?」
七松先輩は、やっぱり私に甘い暴君様だ――。
「七松先輩」
「ん?」
歩みを止めて振り返る彼に、頭が上がらない。
「ありがとうございます…」
彼の財布を彼からは見えないように握り締め、感謝を述べれば、
「何がだ?」
ニカッと一笑。陽のような笑顔をくれる。
私も釣られて笑みが零れた。



先輩と二手に別れてからシナ先生の姿を探す。
キョロキョロと辺りを見回せば、
「あ」
すぐ傍の蝋燭屋の屋根上に不機嫌そうなシナ先生が座っていた。ジトッと見下ろされてちょっとたじろいでしまう。
だ、だけどもう私にはこの空財布を持っていく道しか残されていない。頑張れ私。負けるな私。実力も色も使ってないからくのたまのクの字も無いけど、課題のポイントだけならクリアしてるんだから!
屋根上にあがろうとしたらシナ先生の方が私の前へと降り立った。
「あの、シナ先生…」
「まさかそれで合格を貰う気?」
「う゛」
や、やっぱり駄目なんだろうか…。なんの努力もしなかったもんな、確かに私の考えが甘かったかも…
「…まあ、仕方ないわね」
「え?」
「オマケもオマケ、大サービスで良しとしましょう」
「えっ!?」
「もともと七松くんが邪魔しなければ合格だったでしょうから。他の子と違ってハンデがあったものとして考えて、今回は目を瞑るわ」
次回は許しませんよ。
シナ先生はそう言うと、私の前から姿を消した。
「…やったぁ」
合格がもらえた…嬉しい!
「やったああ!!!」



後日。
たまたま廊下ですれ違った食満先輩が、小平太ってばあの後シナ先生から大目玉だったんだぜ、と話して聞かせてくれた。
シナ先生は、七松先輩が邪魔しなければ合格だったろう、と私に言っていたけれど…。
正直、私にはそう思えない。実は今回の課題に対して、最初から最後まであんまり自信が無かった。
だからどういういきさつにしろ、私が合格出来たのは七松先輩のおかげ。

本当、七松先輩にはどこまでも頭上がらないや。
今度きちんとお礼しよう。
食満先輩の話を聞きながら、つくづくそう思った。


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