手料理


拝啓 ななしへ
「拝啓、お母さん」
元気にしていますか。
「私は元気です」
授業には付いていかれていますか。
「授業にもなんとかついていってます」
ななしが作法を学んで少しでもお行儀良くなるように、母さん祈っています。
「・・・」
ななしの女力がアップしたら、素敵なお婿様がきっとすぐ見付かりますものね。
「…っんああああ!!」

もう駄目だ我慢ならない! 何度読んでも手紙に苛々させられる!
書き途中だった返信の文をびりびりに引き裂いた。いいやもう返事出さなくたって!今度の休みに家へ顔を出せばそれで済むよね、たぶん。
「…はぁ」
力無く溜め息を吐いて文机に突っ伏した。
苛々の理由は、もう一つある。
「・・・」
机上にある二つの饅頭を眺めながら途方にくれた。



それはくのたまの授業の一環だった。
「はい、それじゃあ各々好きな相手のところへ持っていきなさい」
シナ先生の指示が出された瞬間、クラスメイトがワッと散る。調理場で二つの饅頭を抱えたまま、私だけがぽつねんと取り残された。
授業の内容は、教師陣もしくは最上級生である六年生の忍たまに下剤入り饅頭を食べさせる、というそれはそれはエゲツナイもの。普通の饅頭と下剤入り饅頭の二種類を手作りし、教師陣もしくは六年生が普通の饅頭を見分けられずに下剤入りを食べたら合格。ただし、下剤入りを食べられる前に普通の饅頭を失ったら補習。相手は誰でもいいし、途中で危うくなったら相手を何人でも変えていい。これが授業だとバレなければ嘘をついても良し。
平たく言えば毒入り料理の腕を磨く授業である。先生方も六年生もくのたまの罠には慣れっこだから、あとあと恨みっこなしだ。
簡単なようで意外と難しい。こんな時こそ不運の代名詞である善法寺先輩に引っ掛かってもらおうと企むくのたまも多いみたいだけど、善法寺先輩はかえって引っ掛からないということを私は知っている。彼は薬学に詳しくて鼻が利くため、差し出しただけですぐにバレてしまうだろう。
もとより善法寺先輩に食べさせる気なんて更々無いけれど。
「何をしてるのなぞのさん。あなたも早く行きなさい」
「あ、はい!」
シナ先生に急かされて慌てて調理場を飛び出した。
困ったなあ。
どんな理由にしろ誰かに下剤入り饅頭を食べさせるのは気が進まない。けど、悩みの種はそこじゃない。
「どっちもハズレなんだもんなあ」
私は天才的な料理下手だった。
下剤入り饅頭はもとより、普通の饅頭が作れない。
私の場合、饅頭に限らず、見掛けや匂いだけなら誰よりも美味しそうなものが作れるのに、食べてみたら散々なのだ。いつも人知の味を超える。理由は分からない。材料も分量も作り方も間違えないし、手だって清潔なのに、何故かいつも人知の味を超える。大事なことだから三回言おう、いつも人知の味を超える。
美味しくなくともなんとか食べられる程度のものを作ろうと、今まで何度も練習した。けれど味見するたびに、口内の皮膚を破るんじゃないかという衝撃的なものばかり出来上がってしまって、そのうち心が折れて料理の練習はやめにした。あれを繰り返してたら料理を覚える前に味覚馬鹿になる。
普通の料理の授業が過去に無かったわけじゃない。これまでは試食の際、死ぬ思いで無理矢理自分のお腹に詰め込み、それで済ましてきた。というかそれで済んでいた。私の救いようの無い味覚クラッシャーぶりは先生方も知っていたから、大目に見てくれていた。
だけど今回は食す人物が自分以外であることを最初から指定されてしまっている。シナ先生、試験官としてどこかで見ているだろうし…捨てるわけにも、自分でこっそり食べてしまうわけにもいかない。
「弱ったなあ…」
他のみんなはまだいい。二分の一の確率で当たりの饅頭を持っているのだから。だけど私の場合は、相手が百パーセント地獄を見ることを承知の上で、二つの饅頭を差し出さなければならない。そこまで鬼になれない。
「・・・」
目の前の饅頭が恨めしい。こんなに香しい上、こんなに美味しそうなのに。見ただけじゃ下剤入りなんて分からない完璧な風貌をしてるのに。食べたら地獄行きの饅頭。…あれ? 右側が下剤入りだったよね、確か。
課題のタイムリミットは夕飯まで。こうしている間にも、クラスメイトのみんなは先生方や先輩方に饅頭を配っているのだろう。情報が回るのは早いから、先生方や先輩方が警戒心を抱く前に処理してしまった方が得策だ。時間が経てば経つほど自分の首を絞めることになる。
けど、だけど、でも、やっぱり、うううん
「元気無いなあななし」
「ひゃああ!」
いきなり後ろからぎゅうと抱き締められて、思わず声を上げた。振り返れば七松先輩。いつもの調子でごろごろと懐いてくる。
「び、びびびびっくりしたじゃないですか! 一言声を掛けて下さい!」
そもそも声を掛けて部屋に入ってきてください!
「掛けたじゃん、元気無いなって」
「抱き着く前にです!」
あれ? ここはそもそも"抱き締めないで下さい!"かな? ああもうよく分かんないや。
「何を悩んでんの?」
「へ? あ、えーと…。て、手紙の返信に困ってしまって…」
「手紙?」
「母から定期的に文が来るんです」
「へえ。ななしのお母さんかー! 会ってみたいな」
「え゛」
「私もいつか挨拶に行かないとな!」
「・・・」
こ、ここは流すべき、かな…。
「あれ?」
「どうしました?」
「何これ、すげえ美味そう。どしたの?」
例のブツへひょいと手を伸ばす先輩。やばい!!
気 付 か れ た
「だっ駄目ええ!!!」
先輩の手が届く前に饅頭二つをかっさらっい、自分の手の内に収める。あ、危なかった…
「…ななし?」
私の動揺ぶりにキョトンとしている先輩。まあ、それはそうだ。
「なんだよ? それ、そんなに美味いの?」
「ち、ちが…これは…」
どうしよう、何を言おう、授業だとバレてはいけないし、ええと、ええと、
「いいじゃんか、ちょっとぐらい。私も食べたい」
「だ、駄目! 絶対駄目です!」
とにかく駄目! 饅頭二つを抱き締めたまま首をふるふる横に振る。
「なんだよケチー。じゃあいいや、今度買ってくるから。どこのやつ?」
「ど、どこって…」
「だってすげえ美味そうじゃん。買って来たら一緒に食べよ!」
「・・・」
「ななしってば意地悪だな〜それも教えてくれないの?」
「ちが…売って、無いです…」
「え?」
「わた、私が作った、から…」
「うっそ!」
いつかとおんなじ、ぐるりと視界が回る感覚。気付いたら正面に七松先輩。また向かい合わせにさせられた。
「だったらなおさら食わせろ」
私の手を取って強制的に饅頭を奪い取ろうとする彼。ちょ、ちょ、いくらなんでもそれは駄目だ!!
「絶対駄目です! 無理!無理!!」
「なんで!? また作ればいーだろ!」
「やだ! 絶対やだああ!!」
凄く低学年なやり取り。うわあ私こんなとこシナ先生に見られてたらどうしよう。ていうか多分見られてるだろうな泣ける。
私のあまりの拒絶ぶりに、籠める力は強いものの力ずくで奪ったりはしない七松先輩。
「じゃあ今度、私専用を作ってくれよ!」
「出来ません!」
「なんで!」
「どうしてもです!」
「だったらこれ食わせろ!」
軽い口喧嘩の域。確かに七松先輩にとっては理由が分からないから苛々するだろうな。
「ああもう!だったらここでななしが食え!そしたら私も吹っ切れるから!」
「エ」
「…何」
「そ、それも出来ません…」
「なんでだ!」
プリプリとぶうたれる先輩を前に、必死に言葉を探す。ああもうどうしようどうしよう! だってそんなこと言われるとは思ってもなかった!
「じゃあななしはその饅頭をどうする気だったんだ!? 捨てる気なのか!?」
「す、捨てません…」
「ならどうする気だったんだよ!」
「だけど…!」
「自分じゃ食わないんだろ!?」
「な、七松先輩にだけは食べてほしくないんです!!」
言い終えて自分でびっくりする。私、今なんて言った?
「…何それ」
だけど今のは私、本心だ。なんでそう思ったのか自分でも分からないけど。
何故か、七松先輩にだけは食べてほしくない。
「じゃあ誰に食わす気だったんだよ」
先輩が目の前でどす黒いオーラを纏い始めた。あああ怖い、怖いよ、助けてお母さん!
「だ、誰って、えと…」
「誰」
ここは誰に…あたりさわりの無い人物…場を和ませるために出来るだけおどけた人がいいな、ええと、ううんと、あっ
「タカ丸くん! そう、幼馴染みのタカ丸くんに!」
「…ふうん」
途端、先輩はスッと瞳を細めて立ち上がる。妙な雰囲気を纏ったまま部屋を出て行こうとするから、慌ててその背に話し掛けた。
「せ、先輩、何処へ?」
「いや…とりあえず斉藤を消せばいいのかと思って」
「消しちゃ駄目ええ!!!」
咄嗟に先輩の背中へしがみ付く。ごめんタカ丸くん!引き合いに出して本当にごめん!
「嘘! 今のは嘘です! ほんの冗談です!」
呼び止めなかったら本当にタカ丸くんを消しちゃうんじゃないかっていう、そんな雰囲気。私これもうチビルヨお母さんんん!
「いただきっ!」
気を抜いたほんの一瞬だった。
先輩は、私の手から饅頭を奪い取って逃亡し出した。
「あああ!」
「これは私のだ!」
さっきとは正反対に笑顔を見せて、あっという間に忍たま領へ駆けて行く。たたた大変だ!
「待ってください!」
食べちゃ駄目!! 七松先輩だけは駄目!!
私も必死にあとを追い駆けた。



過去に無いほど全力疾走するものの、私の足が体育委員長に敵うはずもなく。彼の背はぐんぐん遠ざかる。
「駄目ですうう!」
私の声はもはや制止というより悲鳴に近い。通りすがりの忍たま陣が何事かと私達を振り返る。かなり恥ずかしいけど今はなりふり構っていられない。
「あ!」
ふと、ギャラリーの中に見知った後輩の姿を発見。
「きり丸くん!」
「え? なぞの先輩?」
「きり丸くん、七松先輩の手にあるお饅頭、奪ってくれたらお駄賃あげる!」
走りながら早口にそう言えば、彼は瞳を銭に変えてあっという間に私を追い抜いた。
「お駄賃!? あひゃひゃひゃひゃ!!」
は、早い…! あれが一年生だなんて信じられない!
「七松先輩、覚悟ォ!」
「おっと!」
しかし七松先輩もタダではやられない。豹のように飛び付いて来たきり丸くんをひらりと躱し、腕を伸ばして彼から饅頭を遠ざける。さすがだ。
「いくらきり丸でもこれはやれんな、」
「はぐ」
「「え」」
まさかの音声に私を含めて三人で目をやれば、まさかまさかの、それはもう本当に奇跡みたいな確率で、

七松先輩が腕を伸ばした先に偶然善法寺先輩が立っていて、饅頭を一つ、口に詰めていた。

善法寺先輩的には、七松先輩に饅頭をいきなり口へ突っ込まれた。
「い、いさっくん…」
「あああお駄賃がああ!!」
善法寺先輩は無言で佇んでいたけれどあっという間に顔を青くし、私達の倍速で厠の方角へ走り去った。
「・・・」
がっくりと力が抜けて四つん這いになる。終わった…私の課題も…私の恋も…何もかも終わった…
「ななし? ちょ、え? どいういこと?」



気持ちが少し浮上してきたところで、授業の課題だったことを七松先輩ときり丸くんの二人に説明した。
「そーか! だから言えなかったんだな! だから私にだけは食べてほしくなかったんだなー!」
誤解が解けてルンルンの七松先輩。私は善法寺先輩を陥れたことでもう立ち直れないです…その元気分けて下さい…
「じゃあさ!」
「はい?」
「この饅頭は当たりなわけだよな!」
「えっ」
ぱ く り
「あ゛」
「…ぉごおぉおぉ!!!」

結果、七松先輩は善法寺先輩の隣の厠へ駆け込んでいきました。
シナ先生は「六年生を二人も当てるなんて上出来」と課題の点数を二倍くれました。
めでたしめでたしめでたくない。

結局どっちの饅頭が下剤入りだったんだっけ…今となっては知る由もない。


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