歓迎会(書き下ろし)


今日も今日とていけどんマラソンでくたくたになった…。まあ、ここまではいつも通り。
だけどここからがいつもと違ったんだ。
「汗も掻いたし、たまにはみんなで風呂入るかあ!」
いけどん委員長が僕と時友先輩を担ぎ上げて、みんなに有無を言わさず風呂場へ直行したから。
「こ、困ります委員長! 僕は今から喜三太と一緒に宿題する約束が…!」
「うん? 風呂入ってからやりゃいいじゃん!」
これだよもう! あああ駄目だ、逃れることは出来ない。捕獲された時点でもとより僕らに拒否権なんてありはしないのだ。反対側に担がれている時友先輩がぐるぐる目を回してる向こうで次屋先輩と滝夜叉丸先輩が揃って溜め息を吐いていた。
お風呂入ったら疲れて寝ちゃうだろうから宿題どころじゃなくなってしまう。部屋へ戻ったら喜三太に謝らなきゃなあ。



ざぶん!と景気の良い音。
決して広くは無い浴槽にみんなで浸かれば、少しもったいないぐらいのお湯が溢れ出た。入るまでは嫌々だったけれどいざ入ってしまえば極楽だ。疲れた筋肉があったかいお湯にほぐされて、ふうぅと爺臭い呼吸をした。
「ちょ、狭い」
「だからタメ語はやめろ三之助。私だって狭い」
端の方で滝夜叉丸先輩と次屋先輩が何やらぶちぶちモメている。体格の良いメンバーが一斉に浸かったもんだから浴槽の中はぎゅうぎゅうだ。思うように四肢を伸ばせず、僕は悲しくも委員長と密着状態。…たぶんここが一番狭い。
「やっぱたまにみんなで入ると楽しいな!」
しかし委員長はそんなこと微塵も気にせずニコニコと上機嫌に笑っていた。確かにみんなでワイワイしながら入るのもたまには良いと思う。
というか以前は結構頻繁にみんなで入浴していた気がする。それが近頃めっきり入らなくなった。こうしてみんなで浴槽の狭さを分かち合うのも随分久しぶりだ。今まであまり考えもしなかったけど、なんでだろう。
「最近はなぞの先輩も委員会に参加されるので、あんまりみんなでお風呂に入る機会なかったですものね」
委員長の反対隣に居る時友先輩が手拭いを頭上に載せながら呟く。
そうか、なぞの先輩が来るようになってから入浴の機会が減ったんだ。そう言われればそうだなあ。
「ん〜…ほんとはななしとも一緒に入りたいんだけどな〜…」
いい湯だなあ程度に平然とそんなことを言ってのけるもんだから、後輩全員で固まってしまう。このイケドン委員長、いったいどこまでが冗談でどこまでが本気なのか。いいやおそらく120%本気で呟いてるんだろうな。返すコメントに困ってしまった。
「い、いけません七松先輩、しろや金吾が居る前でそんな破廉恥な…」
とりあえず沈黙はよろしくないと思ったらしい滝夜叉丸先輩がしどろもどろに言葉を絞る。けれどこれ自体が委員長にとっては逆効果だったようで、
「あ!? なんで赤くなってんだよ滝! お前今ななしのハダカ想像したろ!」
「え!? ちょ、ま、待って下さい! 風呂に入って顔が赤くなるのは当然じゃ、」
「やかましい! 私の許可も無しにこの野郎…!」
これに焦ったのは滝夜叉丸先輩より僕らの方である。滝夜叉丸先輩が委員長にシメられようと僕らはあんまり気にしないけど、何せ端に居る委員長が逆端に居る滝夜叉丸先輩へ寄ろうものなら、その間に居る僕達は踏み潰されること必至だからだ。
「こっ、これじゃなぞの先輩だけ仲間外れみたいっスよね! なぞの先輩ってこうやって俺らと風呂入る機会とか無いから、委員会だけでしか顔合わせない存在ってゆーか…!」
次屋先輩が無理くりに話を逸らそうとする。これに乗らないテは無い。
「あ、そ、そうですよね! そういえばなぞの先輩と僕らって委員会活動でしか会ったことないなあ!」
「そうだ、歓迎会開きましょうよ! なぞの先輩が体育委員に加わった歓迎会! たまには委員会の活動以外でなぞの先輩と親睦深めたいです!」
口から出まかせ。時友先輩と僕が被せるように紡いだ発言で、委員長は一瞬にして目を輝かせた。
「それ、いいな!」
瞬時に湧いた楽しい発案に、数秒前までたぎっていた滝夜叉丸先輩への怒りは消し飛んだらしい。
正直、理由なんてなんでもいいんだ。ああ良かった、これで助かった。気付かれないように安堵の溜め息を吐く。
「やろう歓迎会! みんなで美味いもん食って騒いで、ななしを喜ばせるんだ!」
ウキウキしながら風呂の湯を波立たせる委員長を見て、なんだか僕らもウキウキしてきた。出まかせだったけど、やったら楽しいかもしれないな、歓迎会。
「なぞの先輩にはたくさんお世話になってるから…喜んでくれるといいなあ」
「やりましょう!歓迎会」
「よおおし!そうと決まれば歓迎会について役割分担するぞ!こうしちゃいられん、早く出ろお前ら!」
「エッ」
ま、まだ入ったばっかりです委員長…。



そんなこんなで。
せっかくならなぞの先輩を驚かせようということで、この歓迎会プロジェクトは極秘に進められた。
時友先輩は食べ物を調達、委員長は飲み物を調達、僕は会場である七松先輩の部屋を飾り付けして、滝夜叉丸先輩はプレゼントの用意。次屋先輩は目を放すと迷子になるから、みんなの仕事を順繰りに手伝った。
開催予定日は、次の休日前夜。忍たま長屋で一晩中騒ぐことはさすがに無いだろうけど、歓迎会なのだから気兼ねなく夜更かし出来る日を選んだ。ちなみにその晩、中在家先輩は夜通し鍛錬に出るそうだ。そういうことなら部屋は好きに使ってくれて構わないとまで言ってくれた。
完全なるサプライズ企画。なぞの先輩、喜んでくれるといいなあ。



…んで、
急展開にも、歓迎会当日である。
「何? 何? 何があるの?」
時友先輩と二人でなぞの先輩の手を引いて廊下を突き進んだ。
「なぞの先輩に見せたいものがあるんです」
「見せたいものって?」
「まだ内緒です!」
さあ寝ようと横になり掛けていたなぞの先輩に無理矢理お願いして付いて来てもらった。少し失礼かとも思ったけど、あれだけ念入りにみんなで計画を練ったんだ、今更引き下がるわけにいかない。
なぞの先輩は夜着姿のまま疑問符を浮かべながら僕らのあとをついて来た。
「こっちって七松先輩の部屋の方だよね?」
「そう!七松先輩の部屋にあるんです!」
何があるの?と訊きたそうな顔。でも僕らが答えないのは目に見えているから、彼女はあえてそれを声に出さない。
七松先輩の部屋までたどり着けば、一瞬彼女に緊張のようなものが走る。戸の前に立ち尽くしてゴクリと咽喉を鳴らした。悪いことじゃないんだからそんなに怖がらなくてもいいんだけど。
時友先輩と顔を見合わせて、一緒に戸を開けようねと目配せした。頑張って部屋を飾り付けたんだ、なぞの先輩がどうか喜んでくれますように。わくわくと同時、僕も少し緊張してきた。
「せーのっ、」
スパン!
時友先輩と二人で勢い良く戸を開けた。と、同時、
「体育委員会へようこそ!!」
「ひゃあっ!」
部屋の中から勢いよく委員長が飛び出して来て、正面からなぞの先輩を抱き締めた。
な、なんてこった、僕の飾り付けの努力が…
「委員長、台無しです…」
なぞの先輩が一目見て驚いてくれるようにって、せっかく頑張ったのにぃぃい!
「あ? 悪い! 戸の前でななしが来るの待ってたら、つい身体が!」
戸の前で待ってた時点でアウトじゃないですかあああ泣きますよ!
なぞの先輩はもぞもぞと身を捩り、委員長の腕を除けるようにやんわり離れてから、部屋の中へと目を通す。
「わあ…!」
ようやく状況を理解したらしい、奥にある『なぞの先輩歓迎会』の貼り紙を見て歓喜の声を洩らしていた。
「凄い! みんなで準備してくれたの!?」
「飾り付けは金吾が一人で担当したんだ!」
目をきらきらさせているなぞの先輩に委員長が答えてくれたので、次屋先輩も手伝ってくれたんです、と続けて補足した。
ありがとう、と照れ臭そうな表情で僕の頭を撫でてくれる。喜んでもらえて良かった。頑張った甲斐あったなあ。
「いつの間に準備してくれたの? 私、全然知らなかったよ」
「驚くのはまだ早いぞ!」
途端、部屋の奥に居た滝夜叉丸先輩が身を乗り出してくる。そういえば滝夜叉丸先輩をプレゼント担当に抜擢したっきり、何も打ち合わせしていなかった。滝夜叉丸先輩、なぞの先輩に何をあげる気だろう。変なものを用意してないといいんだけど…
「何? 滝夜叉丸く、」
「今回は歓迎会ということで、プレゼントを用意した! この私が天才的センスで選んでやったぞ!」
フフンと得意気に胸を張ってから部屋の奥を左腕で指し示す滝夜叉丸先輩。促されて全員で視線を向けた。
そのプレゼントを見て、僕らもかなりびっくりした。
部屋奥のそこにあったのは、隅から隅まで一面の、
「どうだ!綺麗だろう!」
薔薇、薔薇、薔薇。真っ赤な薔薇だらけ。もはや花束の域を超えている。
「・・・」
い…いいんだか、悪いんだか…。こんなにたくさん貰ってもなぞの先輩は困っちゃうんじゃないかな。まあ変なプレゼントじゃなくて安心したけど。
隣にいるなぞの先輩をちらりと見上げる。急に言葉がなくなったけど、やっぱり困ってるんだろうか。
「あ、ありがとう…」
どうやら違ったらしい。顔を赤らめて恥ずかしそうにお礼を述べている。嬉しくて言葉が出なかったみたいだ。
そうだ、なぞの先輩は女の子なんだから花を貰ったらそりゃ嬉しいだろうな。僕の感想と比較してたってしょうがないもんね。
何はともあれ、出だし好調でほっとした。
「なぞの先輩、よければこのまま会食しましょう。料理も用意してありますから」
「え!? 本当!?」
「僕と次屋先輩で作ったんです〜」
「つっても俺らも料理あんま詳しくないんで、食堂のおばちゃんにケッコー助けてもらいましたけど」
「ちなみに中在家先輩がサプライズでボーロ焼いといてくれましたよ。最後にみんなで食べましょう」
部屋の隅に置いてあった料理を真ん中へ並べ始めれば、なぞの先輩はだんだんと瞳を赤くし始める。
「なぞの先輩?」
「ご、ごめんね、」
ついにはポロポロ泣き出してしまった。なぞの先輩の泣き顔を見たかったわけじゃないから、さすがに僕らもちょっと慌てた。
「わわわわなぞの先輩!」
「な、なんだかすみません!」
「いきなり過ぎましたかね!?」
「と、とりあえずアレだ! 食べたら元気出るんじゃないか!?」
あたふたする僕らを前に、違うよ、と小声を絞り出してから彼女は続ける。
「こんなふうに歓迎会とか、されたことなくて、だから、嬉しくて、」
泣いたままくしゃりと嬉しそうに笑うなぞの先輩を見て、なんだか僕らまでつられて泣きそうになった。泣くほど喜んでもらえるなんて…まだ始まってもいないのに、もう感動のクライマックスだ。
ふと、委員長がなぞの先輩の頭をくしゃくしゃと撫でた。顔を上げた彼女に、みーんなななしが好きなんだぞ、といつもの陽のような笑顔を浴びせる。
なぞの先輩は応えるように照れて笑った。体育委員会に入れて良かったです、と。その表情だけで気持ちが伝わってきて、二人の出逢いに心の中で感謝した。

…ここまでは何事も無く順調だったんだ。
そう、ここまでは。
あとで思い返しても、まごうことなき感動の歓迎会だった。

問題だったのはその先で――
「あ、委員長、飲み物ありますか?」
部屋の真ん中へ一通り料理を並べたあと、飲み物が無かったことを思い出して委員長へ問いかけた。
「おう!ちゃんと用意したぞ!」
飲み物準備担当の彼は押し入れを開けて、用意していたらしい飲み物を中から引っ張り出してくる。
「これだ!」
どん!と、みんなの前へ置かれたそれ。
よくよく見れば、
「委員長、これ…」
「ん?」
「お…おおおお酒じゃないですかあぁ!」

ここからが、地獄の開幕だった――。


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