番外編の番外編


予定の無い休日は心置きなく鍛錬に打ち込めるから有り難い。
夜が更けるまで裏山で一人演習した後、少し遅めの夕飯を食べてから入浴した。
夜着に着替えて、夜風に当たりながら自室への通路を歩く。部屋へ戻ったら明日の授業の予習でもしようか。明日は確か暗器についての豆テストがあるはずだし。
あれこれ考え事をしながら歩いていると、向かいから見慣れた松葉色の制服が近付いてきた。
よくよく見ればそれは、
「…ゲッ」
七松先輩だ。…今"ゲッ"という声を洩らしたのは私じゃなく彼の方。私の姿を確認するなり、彼は露骨に渋い表情をして見せた。彼にとって私は確実に悪印象なのだろう。何せ例のいじめの件以来、お互いに顔を合わせていないのだ。
何か声を掛けようか考えたけれどやめにした。この路を通るということは入浴に向かう途中であることが明白だし、六年生は今日合同演習だとなぞのさんが言っていたから時間が遅いのも頷ける。これといって会話の種は何も無い。別段、仲良くなりたいわけでもない。挨拶すら面倒だ。
「・・・」
「・・・」
お互い嫌悪感を剥き出しに無言のまますれ違う。
ふと、すれ違い様、彼から緑の匂いがした。それからあとを追うように、土と陽の香り。さっきまで私も裏山で嗅いでいた香り。身体に沁みつけて持ち帰ってくるあたり、演習の過酷さを物語っている。
 『大事にするほど余裕無いって…』
なぞのさんは、いつもこの香りの傍に居るんだろうか。
「・・・フン」
…なんだか気が変わった。すぐに男性をからかいたくなる私のこの性分はくノ一特有の癖なのかもしれない。
「七松先輩」
艶を含んだ声音で振り返る。無言で立ち止まった彼の背へ一歩、近付いた。
試してやろうじゃないか。その辛抱強さがどれだけのものか。
我慢出来ずに私へ飛び付いて来てみろ。以前に私を殴ろうとしたこと、鼻で笑ってやる。
「先輩はどうしてなぞのさんに惹かれるんですか?」
正直、色には自信がある。少なくとも過去に実践して失敗したことは無い。男なんてみんな同じ。
「私が七松先輩を好いていると言ったら、先輩、信じてくれますか?」
更に一歩、歩み寄る。
彼がどんなになぞのさんを大事に想ってても所詮はキレイごとだろう。男なんて最終的には皆快楽しか求めないのだ。
似合わないくせに紳士面しやがって。その化けの皮、見事剥いでやる。
私の色には男なら誰でも引っ掛かる…少なからずそう自負している。
さあ、どう出る?
「七松先輩…」
まずは言葉で私の真意を確かめるか。
何も言わずに飛び付いてくるか。
それとも言い訳しながら事を進めるか。
「…チッ」
けれど彼の反応は、私が全く予想だにしていなかったもので、
「ふざけんな」
殺気にも似た怒気を纏ってぐるりと振り返り、肩越しに私を睨め付けた。
「どういうつもりか知らんが寝言は寝て言え。誰が勃つんだ、お前なんかに」
面食らった。
吐き気がすると言わんばかりに正面へ向き直り、そのまま再び歩き出す彼。
色の術で恥をかいたのはこれが初めてだ。そんな、私の色に掛からない男がいるっていうのか。それも、あの誰が見てもまごうことなき直情的な暴君様だと。
嫌だ。嫌だ嫌だ、信じない。信じない!
そんなの、私のプライドが許さない!
「ふっ、ふざけてんのはどっちよ!」
頭に血が上る。こんなにカッカしたのは久しぶりだ。ドスドスと忍らしからぬ足音をたてて彼の背を追い駆けた。
男なんて女の色目当てに生きてるんだ、絶対そうだ、そういう生き物なんだ、そうでなければ私が積み上げてきた色の術の原点が崩れてしまう、私が身に付けて来たことは全て無駄になってしまう、そんなの私は絶対認めない!!
「先輩、なぞのさんが求めてくるまで自分からは手を付けないって公言したらしいですね。ばっかばかしい! ほんとは我慢してるんじゃなくて、そっちの技術に自信が無いからなんじゃないですか!? 紳士気取りも大概にして下さい!!」
怒り任せに捲くし立てた。もう何も考えられない。私の色に掛からないというならきっとこいつは男じゃないんだ。意気地のない弱虫だ。そうに決まってる!
刹那、後頭部に衝撃と痛みが走った。そのことに気付いたのはガツンという音が鼓膜を叩いてからだ。
正面を見れば、七松先輩が有り得ない程の至近距離で私を睨み付けていた。
一瞬のうちに何が起こったのか、脳味噌をフル回転させて必死に状況を整理する。
「な、に…」
上手く言葉が吐き出せない。それもそのはず、先輩が私の顎を片手で掴んでいたからだ。
どうやら私はすぐ隣にあった柱へと追い詰められたらしい。
至近距離というよりはほぼ覗き込んでくるに近い先輩の顔を見上げて、不覚にも鼓動が早まった。
「なら試してみるか」
少し上にある彼の唇から聞いたこともない低音が降ってくる。
すぅ、と鋭くなった瞳に獣の色を見て、自然と心臓が跳ね上がった。頭のてっぺんから背筋を這って足元まで、ゾワリとした何かが駆け抜ける。
何これ、誰これ。これがあの七松先輩なの。こんな人、私は知らない。顔面に熱が集まる。
ひょっとしてなぞのさんは、いつもこんな、
「おーおー、小平太が浮気してらあ」
近くから気の抜けるような声が飛んできて、七松先輩は私から顔を放した。
見れば、六年生の先輩方が揃って入浴に向かおうとしていた。ちなみに今声を掛けて来たのは食満先輩のようだ。
こんな醜態が人目に触れたというだけで死にたくなる。食満先輩の茶化すような声に何か抗議しようと口を開いたけれど、顎を掴んでいる七松先輩の手が恐ろしいほど力をこめてきたので声も出なかった。両頬が潰れそうに痛い。
「浮気じゃないぞ。こいつが身の程知らずだから、説教してたんだ!」
まるでいつもと変わらぬ様子で彼らへ返答する七松先輩。さっきの獣のような鋭さは何処かへ消え失せてしまった。
「説教というより、おちょくってるように見えたがな」
やれやれといった様子の立花先輩の台詞に顔面から火を吹いた。いったいいつから見られていたんだろう。ひょっとしたら一部始終見られていたのかもしれない。私としたことが…なんと無用心だったのか。
「なんでもいいけど、さっさと終わらせろよ」
「おう! 先に行っててくれ」
この状況に全く興味の無い素振りで、七松先輩の後ろをぞろぞろと歩いて行く先輩方。
そんな彼らを視界の端に見ていれば、正面の七松先輩は溜め息を一つ吐いて乱暴に私から手を放した。
「冗談を真に受けるな。気色の悪い」
眉間に深く皺を刻んで、不快を露わに彼は話し出した。
「何が目的で私を誘ったのか知らんが色を試したいだけならお門違いだ、どっか他を当たれ。お前が恥かこうが私はどうでもいい」
崩れる。私の学んだ、原点が。
「もしななしへの復讐でやってるならさすがに容赦しないが?」
これじゃあ、いちから学び直し。
どうやらあのコは本当に大切にされていたみたいだ。
「復讐なんて…少しも思ってません」
「じゃあ何なんだ。だったらあいつと私にこれ以上関わってくるなよ。お前の顔見ると気分悪い」
男性からこれほど不快感を露呈されるのも初めてだ。なんだかもうここまでくると笑えてきた。
惨敗も惨敗。かえって妙に清々しい気分。
「それは無理です」
素直になぞのさんを羨ましいと感じる。誰かからこれだけ大切に想われる娘、私は他に知らない。
「私が、なぞのさんと仲良くなりたいから…友達として」
「馬鹿にしてんのか。急に何言ってんだ。それともななしを褒めて私に取り入る気か?」
「違います」
最初はあのコのことが嫌いだった。トロ臭くて、何の努力もせずに四年生まであがれた運の良いくのたまだと、そう思ってた。けど彼女に接する機会が増えてみればそれは真逆の考えだった。彼女は自分がトロ臭いのを承知しているからこそ人一倍努力している。だからなんとか私達に付いてきている。
「なぞのさんは、優しいコですから」
なんとか私達に付いて来てる次元なのに、やたら周りへ気を配る。疑心の無い、真っ直ぐな娘。
「七松先輩がなぞのさんを守りたいと思う気持ち、少し分かります…」
本当は心のどこかで安心した。七松先輩が私の色に掛からないことに。
それだけ、七松先輩が彼女に対して本気なのだと分かったから。
…どことなく自分でも気付かぬ間に、私はなぞのさんのことをだいぶ好いていたようだ。
「・・・」
七松先輩は私の瞳をじっと見据えてから、真意の見えぬ溜め息を吐いた。
「…まあ、ななしに対して悪意が無いならそれでいい」
ほんの一瞬、見間違いかと思うほど…いいや実際には見間違いだったかもしれない。七松先輩の口元が緩んだ。なぞのさんを褒められて嬉しいというような、そんな表情。
思わず呆気に取られてしまった。自分を褒められるよりもなぞのさんを褒められた方が彼は嬉しいらしい。どこまでも彼女に溺れていることがそれだけで伝わってきた。
「友達になりたいと思うなら、お前から声を掛けてやってくれ」
「…え?」
「あれは本ばかりで友達の作り方が分からんみたいだ。本音は友達が欲しくて仕方ないくせにな」
それだけ言うと彼は踵を返し、小さくなった先輩方の背めがけて走り出した。
「…なによ」
意外なことばかり。
噂の暴君様は、ただ暴君なだけじゃなかったようだ。他人を観察する目もしっかり付いていたらしい。
ひょっとして私達くのたまは揃って大きな勘違いをしていたのかもしれない。
七松先輩をなぞのさんが天性の色に掛けていると思っていたんだけれど、実のところは――























やりたい放題、やらかしますた。
頂いたリクは「七松先輩と夢主が絡んでるとこを目撃した委員長視点」だったので、もう完全なるリク違いですねコレ…許して下さひごめんなさひorz

リク下さった方のみお持ち帰りぉkmです!
リクありがとうございました☆


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