素直になれたら


素直になれたらの鉢屋視点
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ななしさんがごろつきに襲われてるところを助けたら、御礼に馳走するから泊まっていけと言われた。だから甘えることにした。
のだけど、
「なんだコレ、まっずいな!」
きり丸の作ってくれた夕飯が恐ろしくユーモアな味をしてて、口に入れた瞬間たまらず噴き出した。
「あっ!鉢屋先輩ってば、もったいない!」
「もったいないって、だってコレ…!」
「食えりゃいいでしょ!贅沢は万病の元ですよ!」
「家でまで黒古毛先生みたいなこと言うなよ…」
右に座っている土井先生をちらりと盗み見ればこの摩訶不思議な味の夕飯をもくもくと食べ進めていた。え、何これ、土井家ではこれが定番なんですかそうなんですか。
私の反応にぶつくさ文句を垂れながらきり丸も食べ始める。まるで味覚正常な私が味音痴みたいじゃないか。御礼されるつもりが罰ゲームを受けた気分だ。うーん何この状況、どうしよう。
他に味覚正常者がいないかと半ば助けを求めるように正面へ視線を戻した。奥の間で着物を繕っているななしさんがもうすぐ手を休めてここへ来るはずだ。
「…あれ?」
見れば、彼女は奥の間で壁に背を預けて眠りこけている。手から針を取りこぼし、気持ち良さそうにくうくうと寝息を立てていた。
なんてこった、希望は断たれた。どうやら私にはこの不味い料理を完食する道しか残されていないらしい。
意を決し、椀の中身を口の中へ掻き込む。うぇぇマズイ。さっさと飲み込まねば!
「ご馳走様」
一足早く土井先生が夕飯を終える。カチャ、とその場へ椀を置いた。
「きり丸、あとでコレ片付けてくれ」
言うや否や土井先生は立ち上がり、いくらで?、というきり丸の言葉を無視して奥の間へと歩いた。そのままななしさんの隣へ座ると、彼女の手から零れた針と着物を自分の手に持ち替える。それから縫い目を辿り、繕い途中の場所を見付けると、ごく自然に針を進め出した。
さも当然といったその行動に少し驚いた。これだけななしさんのことを大切に想っておきながらどうして昼間あんなくだらない喧嘩してたんだろう、この先生は。
大人同士の好いた惚れたはよく分からない。
「食べ終わったら布団敷いてくれないか」
「へーい」
視線も合わせないまま先生ときり丸が会話する。きり丸は特に驚いた様子も見せず、自分の椀へおかわりをよそっていた。土井家の日常風景なんだろうか、これは。口の中の料理と一緒に状況を飲み下した。
壁に凭れているななしさんの首がカクリと沈み、また浮き上がってはカクリと沈む。夢の世界へまさしく舟を漕いでいる。先生は手元から視線を放し、ななしさんのそんな様子を暫し見詰めていた。
「えっ」
途端、思わず声に出てしまった。
先生はななしさんの肩を抱くと、あるがまま彼女の頭を自分の膝上へ載せたのだ。いわゆる膝枕である。それから何事も無かったように再び作業を進め始めた。
ななしさんといえば少しも起きる気配が無い。年齢より随分と幼い寝顔で何やらムニャムニャ寝言を喋っている。あのままじゃ先生の膝にヨダレこぼすんじゃないか?アレ。
「…なんだかなあ」
「はい?」
「この二人と暮らしてたらストレス溜まる一方だなぁ、きり丸」
「鉢屋先輩、昼間も同じこと言ってましたね。まさしくその通りですけど」
こちとらもう慣れっこです、みたいな顔をして夕飯の椀を口へ運ぶきり丸。いや本当、懐の深い奴だよお前は。
「・・・」
二人ともイイ大人なんだから、いい加減素直になればいいのに。
きり丸が飯を啜る隣で溜め息混じりにそう思った。


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