素直になれたら


振り下ろされた木刀が私自身に降ってくることは無く。
かわりに降ってきたのは
「あ゛あぁあ゛ぁ!!!!」
男の悲鳴だった。
「いてえぇえ!!!!」
男の手の甲にぶっさりと刺さった手裏剣。飛んできた方角へ目をやれば、
「…あ」
「こんなとこで何やってんですか、ななしさん」

まさかの三郎だった。

「見りゃ分かるでしょ…暴行にあってるんです」
「これ以上ないぐらい分かりやすい解説ですね」
眉間に皺を寄せて至極面倒臭そうな顔。助けてくれたんだろうけど相変わらず腹立つな!
「ふざけんなこのガキぃ!」
男が三郎へ向かって飛びかかる。
ほんの一瞬にして、彼の目付きが変わった。
木刀を振り被る男の懐へ飛び込んで、次の瞬間には奴の首へ苦無を突き付けていた。
な…何? いつ苦無出したの? 早くて全然見えなかった…。
冷や汗を掻きながら固まる男に「借りるぞ」なんてわざわざ律儀に囁いてから、奴の手から木刀を奪って、膝蹴りを一発お見舞いする。相当に重い蹴りなんだろう、男はふっ飛んで手すりを乗り越え、川へと落ちていった。
三郎ってば凄い!こんなに強かったんだ。圧倒的じゃないか。
残されて焦ったごろつき共が一斉に彼へ飛びかかる。三郎は奴らの間を縫うように躱して、奴らの急所だけを的確に木刀で打っていく。端から見たらまるで踊ってるみたいに。
私の護身術なんか足もとにも及ばない、本当の武術。プロより強いんじゃないだろうか。
「ウジャウジャとめんどくさいな」
不意にぼそっと呟いたかと思えば、彼は懐から煙玉を一つ取り出した。
…って、え? 煙玉!?
「ななしさん、立って。トンズラします」
言うなりボンッと辺り一面、煙に覆われる。
待て待て待て待て、私まだ立ってないからあぁぁ



「ななしさん、元くノ一なら護身用に煙玉ぐらい持ってなきゃ駄目でしょ」
「無茶言わないでよー。煙玉どころかハンカチの一枚も持ってなかったのよ」
「自慢になりませんよ」
三郎の肩を借りてヨタヨタと歩く。格好が格好だから周りからめっちゃ視線を感じる。ごめん三郎、巻き添え食わせて。
「んでも助かったよ。ありがとう。今日は何? また興行の手伝い?」
「べつに、ただ珍しく連休だから町へ遊びに来ただけです」
「ふーん」
「ななしさんこそ、あんなとこで何してたんですか。今日、土井先生、家に帰ってないんですか?」
「帰ってるよ。むしろ今日一泊する」
「じゃあなんであんな町外れに一人で?」
「いや、それが…話せば長いことながら…」
「簡潔にお願いします」
「相変わらず可愛くねーな」
「長話されると話終わる前に先生の家へ辿り着いちゃうでしょう。ななしさんがこんなアラレモナイ格好してたら、私、先生に恨まれるじゃないですか」
「無い無い。実は先生とケンカしちゃってさ」
「は?」
「だから家飛び出してあそこに居たんだよね」
「あーあ。きり丸の奴、可哀想に。大人のケンカは修羅場だからなー」
「先生の家で留守番してたら、宙ぶらりんにしたまま忘れてた男がいきなりやってきて、家上がってきてさぁ。無理矢理チューされてるとこに先生が帰ってきて、ほんで出てけ言われた」
「ほーほー、そりゃななしさんが悪いですね」
「トドメ刺すんじゃねーよ。ちゃんと反省してんだから」
「だったらほら、早く先生の家に帰りますよ」
「やだ。帰りたくない。帰りづらい」
「ちっとも反省してないじゃないですか」
「どっか連れてって。私、三郎と逢引する」
「めんどくせっ。助けるんじゃなかった」
「オイコラ! おばさんはなぁ、若者の言葉に傷付きやすいんだぞ!」
あ、やべ、いてててて。無駄に大声出したら腹がぐるぐる言った。背中も痛い。確実に痣になってんなコリャ。
「…リアルに傷付くのやめて下さいよ、困る」
「だ、だって痛いんだもん。ねぇ泣いていい? 泣いていい?」
「私が答える前から涙目じゃないですか」
「痛いいい」
「ああもう仕方ないな。どっかで休みましょう」

とりあえず目の前にあった茶屋へ二人で来店。椅子に並んで腰掛ける。
なんだかんだ言いつつこれって逢引じゃないの。んもう三郎ちゃんてば優しい子! ツンデレ王子と呼ぶよ。
「お礼に奢るから、何か好きなの頼みなよ」
「じゃあ遠慮なく」
店の奥に居る店主に団子を注文する三郎。
あ、腰掛けてたらちょっと楽になってきた。猫背でいるより姿勢正した方が痛くないかも。
「気丈ですねぇ、ななしさんは」
腹を痛めないように浅く呼吸してたら、隣の三郎に頬杖を突きながらそう言われた。
「は? 何が?」
「フツー、暴行にあったら女の人って泣きません? 恐くないんですか」
「何言ってんの、めちゃめちゃ恐いよ。でも泣いてたって助からないじゃん」
「泣かないから助けが来ないんじゃないですか?」
「え、そうなの?」
「だってななしさん、端から見たら一人でなんとか出来そうですもん」
「そりゃまあ、一人で生きて来ましたから…」
「もっと素直に泣いたら良いのに。『恐かったよ』って。特に土井先生には」
「え、泣いた方が好感度上がるの? ツンデレ王子的には」
「誰ですかツンデレ王子」
「でもさぁ、泣き付かれたら面倒臭い女と思われない? 基本的に"涙"って、周りを盛り下げるものでしかないじゃん。周りの人が見てて気分良いものじゃないじゃん確実に。まぁ嬉し涙は別だろうけど」
だから私は悲しくて泣きたくなった時、いつも一人で泣くようにしてる。周りの人まで悲しい気分にさせるの嫌だもん。
「…ななしさん、案外コドモですね」
「マジか。じゃあ私今から泣く練習するわ。うわああん恐かったよ〜ツンデレ王子ぃ〜」
「すみません、やっぱり面倒臭いです」
「支離滅裂だよお前」
「ってか誰ですかツンデレ王子」
くだらない会話をしているところへ団子が運ばれてきて、お互い終始無言で食べ進めた。



ほぼ引き摺られてる状態で土井先生の家に辿り着く。背中も腹も痛いけど、身体じゅう掠り傷でボロボロだ。今更ながらこの家に救急箱なんてもの存在するのかな。先に医者へ行った方が良かったかな。だああもういいや、べつに無くても。今更ほかの場所に歩いてくのも面倒臭い。舐めときゃ治る!
「ただいまぁ」
三郎と一緒に玄関から入る。と、
「おかえりなさい!!」
真っ赤な目をしたきり丸が慌てて居間から飛び出してきた。あらら、きり丸ってば午後のバイト行かなかったのか。こりゃまたエライ心配掛けちゃったみたいだ。なんて謝ろう。
「え!? あれ!? どうしたんですかななしさん、その格好! それに鉢屋先輩も!」
軽く混乱するきり丸の頭を空いてる片手で撫でながら、三郎に連れられて庭を歩く。
「たはは…運が悪くてさぁ」
口を動かしながら、居間の縁まで歩いてどっこいしょと腰を下ろした。ああやっと座れた、落ち着いたー! 私ってばまるっきりババアだな。あ、いてててっ。
ちらりと目をやれば、土井先生は居間の真ん中で私達に背を向けて座ってた。ありゃりゃ、まだ怒ってる。まぁ当然か。私が勝手に自己解決して帰ってきただけで、状況は何も進展してないもんな。
「ななしさんが年甲斐もなく道端で暴行に遭ってたところを、私が偶然通り掛かったんだ」
「ちょ、歳関係なくね? お前ケンカ売ってんの?」
「暴行!?」
三郎の言葉に、目を点にするきり丸。そりゃいきなりそんな話されたらビックリするよね。
「それが、このあいだ店を襲った奴らの一人が仲間連れて逆襲してきてさ。マジな話、今回は三郎に助けられたよ」
途端、土井先生が初めて私を振り返る。思わず目が合った。
「あ…」
たぶん、意識せずについ振り返ってしまったんだろう。こちらに向けられた身体が動揺を語っている。
私から視線を外し、困ったように目を泳がせる彼。うう、そんなに露骨に戸惑わなくてもいいじゃないか。改めて傷付きます先生。
謝罪する決心が揺らぐ。謝り辛いなぁもう。
「私が通り掛からなければななしさんは木刀で頭を割られるところでした」
不意に聞こえた低い声は隣に居る三郎から発せられたものだった。え? 何だ?
「誰かさんに意気地があれば、こんなことにはならなかったと思います」
なんだか三郎は怒っているようだ。今までの彼の雰囲気と百八十度別で、状況を理解するのに少し間が空いた。
どうやら彼は土井先生を批難しているらしい。慌てて先生に目をやれば、俯いたまま三郎の言葉を黙って浴びていた。
え、ちょ、ま、待っ、なんだこれ!
「追い掛けるべきでしょう」
「やめて三郎!」
「後悔なんて意味が無、」
「やめてってば!!!」
どうしていいか分からずに三郎の袖を引っ張って怒鳴る。
三郎は私を見て言葉を止めると、不機嫌そうな顔のままきり丸の頭をぽんぽんと二回叩いた。何が何だか分からない。
土井先生が怒られる謂われなんて一つも無いんだ。悪いのは私なんだから。
「ごめんなさい、先生…」
とりあえずきちんと謝罪しよう。仲直りしないことには何も始まらない。
痛みを堪えながら先生の前まで膝で歩いて行く。目の前に座ってから少し沈黙。気まずい。だけど頑張れ私!大きく息を吸い込んで、よし!
「すみませんでした」
「…へ?」
口にしようとしていた台詞が俯いたままの土井先生から飛び出してきて、私からは空気が抜けるような変な声が出た。
「…三郎の言う通りです。追い掛けるべきだった」
「え? あ、ああ…暴行されたのなんて自業自得だからべつに先生のせいでは、」
「違います」
「え」
否定の言葉は強かった。先生の拳にきゅうと力が入る。

「どうして、私は…いつもあなたを傷付けるような言葉しか吐き出せないんだろう…」

どきん、と。胸の真ん中が振動する。
嫌だ、また、勘違いするから、
「三郎の言う通り、後悔したところで取り消せるはずもないのに」
傷付きたくない。勘違いしたくない。優しくされたら、私は、
「謝らなければならないのはななしさんじゃなく、私です。本当にすみませんでした」
勘違い、じゃあなかった。
やっぱりゼロスタートぐらいには立てていたようだ。
どうしよう、嬉しい。
嬉しすぎて咽喉奥から鼻にかけてツンとし始めた。
「そんな、悪いのは私で…」
言葉がブレ始める。
ヤバい。駄目だ。泣くな。ここで泣いたら面倒臭い女だ。ついさっき改めて言葉にしたばかりじゃないか。
本当は泣き付いてしまいたい。怖かったです、って甘えてしまいたい。だけど先生が求めてるのは和解であって、そういうのじゃないんだ。頼るな、甘えるな。面倒な女に成り下がるな。
堪えろ、ななし。仲直り出来たんだからここは笑顔を見せるしかないだろ。一択だろ。泣き顔なんて選択肢は無いんだよ。
笑え、笑え、笑え!
アンタ元くノ一でしょうが!!
「悪いのは私の方です! すみませんでした!」
「えっ」
出来た! ほら、やれば出来るよななしさん! 上出来だ!
「もう先生以外の男に隙を見せたりしません! 留守番だってちゃんとするし、変な奴らに絡まれても一人で何とか出来るように精進します! いろいろご迷惑お掛けしました本当!」
反省してます!!
「え、あ…」
「昼ご飯、まだでしょう? 私ってば無責任だから何にもせずに家飛び出しちゃって…今、作りますね!」
…って言っても食材あるかな。まぁいいや、私の店が近所だから最悪、移動しようか。
くるりと踵を返して三郎ときり丸に視線を移す。
「二人もまだ食べてないっしょ? 一緒に食べよ、」
パシッ、と右の手首を掴まれる感触。
「?」
振り返れば、土井先生が私の手首を掴んでいた。何か言いたそうだ。
「先生? どうしました?」
「あ、いえ、あの…」
しばらくのあいだ何か言いたげにもごもごと口を動かしてから俯く彼。
相変わらず目が泳いでる。
「なんでもないです…」
手を離された。いったい何なんだろう。

「…この二人と暮らしてたらストレス溜まる一方だなぁ、きり丸」
「さすが鉢屋先輩。分かってくれます?」
お礼に泊まっていきなよ、と言おうとした矢先に目の前でそんな会話をする少年達。
やっぱり可愛くない。
失礼な奴らめ!


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