紅団扇の恋-常連客の教え


常連客の教えの雑渡視点
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「先生、私が寝てる間に服を繕ってくれたんです」
いつもの着物に縫い目が増えてる理由を訊ねたらそんな言葉が返って来た。ふにゃりと嬉しそうに笑った顔が随分と幼くて、つい彼女の年齢を忘れてしまいそうになる。
「寝てる間? 仲直りのねやごととか無いの?」
「あっはっはー雑渡さんてば寝惚けないで下さい。そこまで関係が進展してたらこんなに悩みませんが?」
・・・は?
「え!? そうなの!? まだ宙ぶらりん!? 私はとっくに結ばれてるもんだと思ってたよ!」
これまた珍しい人種が世に居たもんだ。いい年頃の男女が一つ屋根の下で何もなく過ごしてきたっていうのか、こんなに長い期間。
「何故そうなる」
「だったら私にもまだチャンスあるね」
「初めから無いです」
「あ、派手に傷付いた」
正直、同じ男として土井先生の考えはよく分からない。女なら見境なく飛び付くような年齢は過ぎたけれど、私が土井先生ならとっくの昔にやることやってると思う。こんな据え膳を前によくまあ我慢がきくもんだな、あの青年は。
「私は納得いきません!」
不意に大声で否定の意を示したのは可愛い部下だった。
「土井半助はななしさんの想いに応えないまま、これだけ長い間ななしさんを自分の側に置いてるってことですよね。失礼だと思います!」
「は? いや、だって私が勝手に居座ってるだけだから別に何も、」
「だとしても身の回りを世話してもらってるんだから、せめてななしさんが家を飛び出したあとすぐ追い掛けるべきです!」
端から見れば会話の温度差がまざまざしていて、なんだか不憫にも思える。この子はあの枝毛先生しか眼中に無いんだから何を言っても無駄だぞ尊奈門、こんなことで熱くなるなよ。
「そうすればななしさんが危険な目に遭うこともなかったのに…」
温度差が自分でも悲しくなってきたのか、言葉尻が急に小さくなった。
全く、お前は本当にななしちゃんのことが好きだねえ。可愛い部下を何とか応援してやりたいけど悲しきかな、彼女は原石並に意志が固いから私にはどうしてやることも出来ないんだよ。
せいぜいこうして店に訪れる機会を作ってやるぐらいだ。
「ありがとう尊くん」
「い、いいえ…」
「…そういえば三郎も土井先生におんなじこと言ってた」
現状、暖簾に腕押し状態だけれども。いつか伝わるといいね、尊奈門。
「へぇ。年齢の割に大人だね、ツンデレ名人」
「いやいや雑渡さん、ツンデレ王子と変装名人が混ざっちゃってます。ってかわざとでしょ」
わざとですが何か。
「鉢屋三郎に限らず、周りはみんなそう思いますよ」
「そ、そうかし…。私が悪いわけだから、土井先生が追ってこないのは当たり前だと思うけどなぁ」
「いや、私は尊奈門が正しいと思うな」
「えええ雑渡さんまでー」
「先生はそこで追い掛けるべきだったよ」
好きな女に逃げられたら普通は追い掛けるだろ。まあ素直になれないあたり、彼がまだ子供ということかな。
「だ、だけど私はたとえ先生が追い掛けて来たとしても、助けを求めなかったと思いますよ。だって面倒臭い女になりたくないし」
「「え」」
「え?」
何 言 っ ち ゃ っ て ん の ?
「い…いやいやいや何言ってるんですかななしさん、そこは助けを求めましょうよ」
「ってか普通は求めるよ」
「え? だって、ピンチの時だけ縋ってくるとか現金な女と思われない?」
前言撤回。彼女は原石どころじゃない、鉱石だ。頭カタ過ぎるにも程がある!
「思いません。ていうか、かえって縋られないと『頼りにされてないんだ』と思って凹みますよ、男は」
いいアドバイスだな尊奈門。
「まぢ!!?」
「…ひょっとしてななしちゃん、土井先生と仲直りした時も泣かなかったの?」
「泣かなかった…」
「あちゃああ。それはやっちゃったね」
「私、やらかしちゃってます?」
「うん。だいぶやらかしちゃってるよ」
呆れてものも言えない。鈍感と天然が組み合わさると女性ってこうなるのか、覚えておこう。
「でっでも泣いたら面倒臭い女じゃないですか? 場の空気盛り下げるでしょ? テンション下がるでしょ? 泣かれない方が良いと思いません? それにホラ、私が弱い部分を見せたら土井先生が私に甘えられないじゃないですか。私は土井先生にとって癒しというか…支えになりたくて傍に居るわけだから、私が強靭でないと、」
強靭って、今更?
「はんっ」
「ちょ、なんで今鼻で笑ったし! 私すげぇ真面目に訊いてますよコレ」
あぁいかんいかん、つい態度に出てしまった。
「ななしさんて案外男心に疎いんですね」
「もはやただの罵倒じゃん。教えて教えて、私間違ってる? 私、昨日もツンデレ名人に同じこと言われたんだよね」
しかし彼女に悪気は無いだろうからな。笑っちゃいけない。この行き過ぎた勘違いを正してあげようか。
「あのねななしちゃん。男はさ、好きな子にはむしろ泣かれたいし、頼られたいし、甘えられたいんだよ。そういう部分を少しも見せてもらえないと、逆に心を開いてくれてないのかと勘違いするよ」
「そうなんですか!?」
「うん。そりゃあたまには男側が甘えたくもなるけどさ、そんなの本当に凹むことがあった時とかで、そうそうありゃしないよ。七割方は頼られたいね」
「うわっ、この年になって恥ずかしいけど勉強になりました。ありがとうございます」
「ななしちゃん、損してるね。知らず知らず土井先生との間に自分で壁を作ってたわけだ。先生としては自分を頼ってくれないから、ななしちゃんに甘えることも出来なかったんじゃないの?」
「え? あ、でも、ちょっと待ってください。その理論て好きな子に対しての理論ですよね。好きじゃない子に対しては別なわけですよね」
「ああ、まあね」
「じゃあ私、当てはまらないですよね」
「「・・・」」
「何故そこで黙る」
もう駄目だこりゃ。救いようが無い。手遅れだ。
「…この場合、どっちが大変だと思う? 尊奈門」
「あ、うどんご馳走様でした」
ついには可愛い部下まで会話を投げ出した。オイコラ、私を残して逃げるなよ。正直私だって逃げたい。
「二人とも無視すんなや! 誰一人として会話のキャッチボール出来てねーよ!」
ああもう、なんだか面倒臭くなってきたな。
「とりあえずあれだな、私か尊奈門に変えなさい。甘え放題だから」
「誰か通訳! 通訳! 会話通して!!」
「な、何言ってるんですか組頭!」
「お前、本当に正直だねぇ。そこには食い付くんだ。顔赤いよ」
「食べ終わったんなら銭払ってさっさとお引き取りくださーい!」
「…やっぱりつれないなぁ。結構本気なのに」
























組頭は尊くんの淡い恋を応援したいだけの人。
補足ばっかりすみません。

リクありがとうございました☆


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