紅団扇の恋-噂とデドコロ


噂とデドコロの戸部先生視点
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土井先生がついに身を固めたらしい。

その噂は生徒の間だけに留まらず、私達教員の耳にも入った。学園長先生や山田先生、山本シナ先生はその"噂の奥さん"とやらにもうお会いしたようなので、どうやら噂は真実らしかった。
そのうち、土井先生自身が新婚生活を惚気出すようになった。次第に噂は疑いようの無い真実へと変わっていった。
まあ真偽がどうであろうと私には関係の無い話だと思い、こんにちまであまり興味を持っていなかった。土井先生とはただの同僚であり、特別親しい間柄というわけではない。おそらく"奥さん"と私が対峙する日はやってこないだろう、と。
そう思っていたのだが。
「助け賃、いくらにします?」
運命とは悪戯なものである。
「何言ってんの。銭なんて取るわけないっしょ」
「ええ!? タダで人助けぇ!?」
「阿呆なこと言うんじゃないよお前はー。普段お世話になってんでしょ?」
初対面のうちから頭が上がらない。食堂のおばちゃん以外の女性にここまで世話を掛けるのは随分と久しい。
情けなくも、みっともないところを見せてしまった。
「いえ、きり丸の言うことは正しいです。おにぎり代、支払いますので…おいくらですか?」
「いえいえ! 本当に結構ですから! 変な話、今日の仕出し用に炊いて余ったヤツでしたし」
噂に聞いていたよりだいぶ幼い感じがする。幼い、は少し違うか。若い、の方が正しいかもしれない。
帰り無精な土井先生に黙って付き従う我慢強い女性なのだから、もっと落ち着き払った菩薩のような熟女かと思っていた。
「しかし、甘味まで頂いてしまいましたし…ここまで貴方に世話になっては、学園で土井先生に申し訳が、」
「いやいやほんと、土井先生関係無いですから! 白玉も思ったより買い置きがあったし、みんなで食べた方が美味しいですし! ね、きり丸!?」
「白玉代は別料金が良いと思います!」
「空気読めよオメーはよぉ! 度が過ぎるとオメーから銭取るぞコラ!」
「ほめんらはい!ほめんらはい!いはい!はなひれ!」
彼女から受ける印象は何よりもまず、明朗闊達。飾り気の無い素直な性格。
なるほど土井先生はこういう女性が好みなのか。まあ分からなくもない。確かに好感が持てる。
「では、お言葉に甘えさせて頂きます」
私の言葉に安心したらしい、どうぞ!、なんて満面の笑みを向けてくる。気立ての良さは夫婦そっくりだ。
「ななしさんは噂通り土井先生にそっくりですねー」
私の心の内を代弁するかのように隣の金吾が台詞を溢す。
「あ、やっぱり? よく言われるんだソレ」
さして驚いた様子はみられない。言われ慣れてるのだろう。考えることは皆同じらしい。
彼女はううんと唸って、唸りながらも白玉を口にしっかり詰め込み、更に閃いた表情を見せてから金吾へ問いかけた。
「ねえねえ、私、前から気になってたんだけどさ」
「はい?」
「私って学園でそんな有名なの?」
「そりゃもちろん!」
金吾より先にきり丸が返答する。この際どっちでもいいか、みたいな表情で彼女は言葉を続けた。
「噂って、どんな噂?」
「いやぁ、そのまんまですよ。土井先生がついに身を固めたらしい、って」
「あーあー案の定間違ってんのかい」
「新婚ラブラブらしい、とも!」
「・・・」
これ以上ないほどに視線できり丸を疑う彼女。どうやらこの女性、考えが全て表情に現れるようだ。裏表がないことについては好印象だが、大人としてそれってどうなんだろうか。
「あ! ななしさん、俺を疑ってます!?」
「うん」
「迷いなく頷かないで下さいよ! 俺じゃありませんて! 自然に流れた噂ですそれは」
「土井先生、頻繁にななしさんの話するから自然に流れたんだと思いますよ、たぶん」
「でもそれ、君らが土井先生に私の話題を振るからでしょ? 話題振られたら話さないわけにいかないじゃんか」
話題を振る、から?
そんなわけあるか。少なくとも私は彼に自分からその話題を振ったことなどありはしない。
「それは、違うと思います」
居合わせただけで惚気を聞かせられるこっちの身にもなってくれ。
「土井先生はいつも自分から貴方の話をされています。生徒の前だけに限らず、私達の前でも」
「う、嘘だぁ…」
確かに彼は『好きだ』や『愛してる』などといった直接的な惚気方はしない。だがしかし、あれは…
「それに、」
「それに?」
「貴方の話をされる時、彼はいつもとても楽しそうだ」
そう、これ以上ないほど顔面に『幸せです』を貼り付けているのだ。
おそらく彼女の様子からして土井先生は家庭でそんな素振りを見せないのだろう。意外と見栄っ張りなのだな、彼は。
「ままままたまたまたまた戸部先生ってばばばご冗談がおおお上手ででで」
「ななしさんてば素直じゃないっすねー。戸部先生が言ってることはホントっすよ」
「戸部先生は嘘を吐きません!」
子供二人に追い打ちを掛けられて目の前で卒倒寸前になっている。まるで生娘のような反応。
「落ち着いて下さい」
「落ち着いてます!夢の中の戸部先生!」
「いや、夢じゃないですってば」
「現実です」
「ちょ、私の脳内と会話すんのやめてくんね? 羞恥心で死ぬ」
脳内と会話っていうかもう口からだだ漏れじゃないですか。分かりやすくて見ていて飽きない。
暫く目の前の彼女を眺めていれば、これでもかというほどに眉間へググッと皺を寄せてから諦めたようにパチクリと数回瞬きして見せた。まさしく百面相だ。
「ごめん、どうしても信じらんない。普段どんな風に私のこと話してんの? あの奥手の塊みたいな人が」
「うわあ…すげえ言われ様…」
「私が耳にしたのは、料理が上手いことと明るいことです。貴方が自慢なのでしょうな」
奥手の塊な彼のこと。そこもやはり『可愛い』やら『美人』やらの直接的な表現は避けていたように思われる。結果、それがかえって『幸せです』というアピールに繋がっているわけだが。
「でも土井先生、自分ではななしさんのことを自慢してるつもりないんですよ。無自覚なんです。けど僕達からしてみれば惚気にしか聞こえないわけで…そりゃあ新婚ラブラブだーなんて噂もたちますよ。たたない方が不自然だと思います」
竹を割ったような金吾の台詞。いいぞ、もっと言ってやれ。
「すみません、ちょっと穴掘って潜ってきます…」
トドメを刺す前に彼女の方が逃げ出した。まあどちらかといえば素直になれないのは土井先生の方らしいので、そこまで責め立てる必要も無いか。
「俺は、上級生の間で『土井先生の嫁は乳がデカいらしい』って噂が流れてること、団蔵から聞いた。出所は分かんないけど」
きり丸の台詞に彼女が素人ならぬ殺気を放ったのを見逃さない。が、面倒ごとは御免なのであえて気付かなかったことにする。
時にこの白玉、大そう美味いんだが、
「ななしさん、この白玉っておかわり自由ですかー?」
「んー? いくらでもあるよー。たんとお食べー」
…また、金吾と心の声が被ってしまった。






















戸部先生が土井先生にとっての頼れる兄貴的存在だったらはげる。管理人がはげる(^q^)じゅるじゅるり

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