5.あの時追い縋る事が出来ていたら、今も私の隣に居てくれた?


「これでランサーさんもイチコロですよ!」
「いや桜、それはちょっと大胆すぎないかな……」
「何を言ってるんですか!相手はランサーさんなんですから、これくらい攻めないとダメですよ!」

 だってそれほぼヒモじゃない……と若干引き気味のなまえ先輩の手に無理矢理水着を握らせる。それを広げてみた先輩はこれ全然大事なとこ隠せないよ、とさらに引いてしまった。もう、先輩は恥ずかしがり屋なんだから!そのほとんど布な水着じゃランサーさんは落とせませんよ!

「これはさすがにやりすぎだよ……百歩譲ってビキニにするから、勘弁して」
「も〜……分かりました。先輩がそこまで言うなら譲ってあげます」

 売り場にずらりと並ぶ水着を一着一着吟味していく。季節外れだけど売っていてよかった。きっと新しい屋内プールが出来たから、稼ぎ時だと急遽売り場を設置したのだろう。
 そのプールに、明日先輩とランサーさんは行く。

「ランサーさんって、何色が好きかな……?」
「うーん、青じゃないですか?少なくとも赤を着て行ったら拗ねちゃうと思います」
「青かー」

 下がひらひらのスカートタイプになっている青い水着を手に取って先輩は微笑む。「綺麗ね」宝箱の中身を見つめるような優しい目つきに、思わず息を呑んだ。「そうですね」先輩が綺麗だと言っているものは水着じゃない。

「うん。とっても、綺麗」

 なまえ先輩は、記憶を失ってもなお、あの英雄に堕ちていく。

「それがいいんじゃないですか?かわいいですし、きっと先輩によく似合いますよ」
「うん、そうだね。これにする」

 「それじゃ買ってくるね」レジへ向かうなまえ先輩の後ろ姿を眺める。今朝、私のもとへやってきた先輩は『明日ランサーさんとプールに行くから、一緒に水着を買いに行ってくれないかな』と言った。しどろもどろに、耳を赤くして、ランサーさんもプールも水着も、すべて声に出すのが恥ずかしくてたまらないという風に。先輩のそんな姿を見るのは初めてだった。彼女がまだランサーさんの隣にいた頃でさえ、見たことはない。
 まるで、初めて恋をした少女のような、姿は。
 「ついでに新しいお洋服も買いましょう!」お会計から戻ってきた先輩の腕を引く。恋という気持ちに浮ついた、キラキラ光る先輩の瞳を見た時驚いた自分が嫌だった。先輩だって女の子で、好きな人がいて、そういう瞳をすることは全然おかしくないのに。驚いてしまうくらいには、今朝私を訪ねてきた彼女は半年前とは全くの別人だった。

「先輩は、ランサーさんのどこが好きなんですか?」
「え、なに、急に」
「お洋服を選ぶ時のコツです。相手の好きなところを思い浮かべて、どんな服なら褒めてもらえるかなって考えるんです」

 言われて、彼の姿を思い浮かべたのだろう、またあの熱を含んだキラキラした目になる。頬が緩んでしまわないように唇をきゅっと結び、それでも漏れた愛おしさが眉を下げる。見ているこちらが恋の切なさに胸を締め付けられた。本当に、先輩はあの英雄が大好きなんだ。

「正直、どこが好きかなんて分かんないよ。ただ、どうしようもなく惹かれるだけ。どうしようもなく、あの人について行きたいって、思うだけ」

 それが彼の魅力で、ずるいところなんでしょうね、と先輩は笑った。ついて行きたかったのに、その夢は叶わなかったことを知っているかのように。
 ああ本当に。ランサーさんは罪な人だ。またこうやって先輩を捕まえて、どうせまた、置いて行ってしまう。残酷で、酷い。でもそれが悪いとは、私には言えない。
 先輩とランサーさんが愛し合うことが、悪いことだなんて私には到底思えない。



「あら、桜さん……とランサーのマスターじゃない」

 背後から聞こえたその声に、背筋がゾッと粟立った。

「キャスターさん!お買い物ですか?」
「ええ。今ご当地フェアをやっているでしょう。宗一郎様においしいものを食べていただきたくて」

 恐る恐る振り返って、声の主を視界に入れた途端、胸がとても痛んだ。神経を根こそぎ持っていかれるような痛みに、堪らず水着の入っているビニール袋を握り締める。袋がたてたガサガサという音で、キャスターと呼ばれる女性の瞳がこちらを向く。水色のそれが、妖しく弓を描いた。

「こんにちは、お嬢さん。聞いたわよ、全部忘れてしまったそうじゃない」

 息が、止まる。
 聞いたことなんてないはずの、目の前の魔女の悲鳴が頭の中で響いた。

「あんなに苦労して取り戻したのに、所詮ランサーへの思いはその程度ってことね」
「キャスターさん!」

 桜が戒めるように言う。

「冗談よ。……でも、ねえお嬢さん。貴方もう少し自分に正直に生きたらどう?時間は有限よ。それは、この世界でも同じこと」

 ──少しくらいわがまま言ったって、あの男は貴方を嫌いになったりしないわよ。
 分からない。ランサーさんを取り戻したってどういうことなのかとか、何故彼女にそんなことを言われなければならないのかとか。ただ、ひとつだけ分かる。私は今まで正直に生きてきたし、これからもそうやって生きていく。自分に嘘を吐くなんて損なことしていない。
 心の中で言い返したら、キャスターさんはそれを読んだかのように、

「愛した人のためなら、自分の気持ちを誤魔化すことなんてバカなこと簡単にやってのけるのよ、人間って」

 そう苦し気に苦笑を漏らして、それから桜に一言別れの言葉を告げると彼女は去っていった。

「あの、先輩。キャスターさんの言ったことはあんまり気にしない方がいいと思います。その……」
「分からないの」
「え?」

 無意識に言葉が零れる。心配そうに見つめてくる桜は視界に入ってない。目の前を覆い尽くすのは、朝日の赤と夜空の群青。そして、いつかの夢に出てきた、顔も知らないとても美しい人。

「今更、なんてわがまま言えばいいのか、分からないのよ。──はは、私、分からないことばっかりね」

 「先輩!」突然桜が両手を掴んできて、思わず肩が弾む。まるで自分のことのように必死になっている後輩に、胸が詰まった。

「少しずつでいいんです。少しずつ、されてもらって嬉しいことを願うんです。先輩は、ランサーさんに、何をされたいですか……?」
「私は、」

 私は、親しみやすくて身近に感じるのに、実はすごく遠い追いつけないくらい遠いあの人と、

「手を、繋ぎたい」


  
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