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 薄桃色のケツをプリッと振って小さな羽根を元気に羽ばたかせるちびっ子の言葉に、俺は自分の顔が一瞬で強張ったのを感じた。

「おいとま……って?」
「褌妖精の国にかえらなきゃ!」
「!」

 アニキの目的は、課長と俺の運命の恋を叶えること。

 悪戯好きが原因で国を追い出されて人間界にやってきたというこのやんちゃなちびっ子は、自分の国に帰るために、今まで一生懸命俺を応援してきてくれていたのだった。

 俺が課長に想いを伝えることができて、晴れて両想いになれば、アニキは国に帰ってしまう。

 それは最初から分かっていたことなんだけど。

「お前、ちょっと前まで里帰りしててこっちに戻ってきたばっかじゃん」

 突っ込みを入れる俺の声が震えてしまったことに気付いた鬼原課長が、小さい子供を安心させるように、大きな手で優しく背中を叩いてくれる。
 アニキも、今にも泣き出してしまいそうな俺の顔を心配そうに見上げて「泣かないでっ、いちろ」と小さな手をぱたぱたさせた。

「褌兄貴の運命の恋を叶えて、いちにんまえの褌妖精になって帰るって、父上とエッチュウ先生との約束なの」
「それは分かるけど、でも」

 俺の中では、この小さなやんちゃ坊主のいる生活がいつの間にか当たり前になっていて、アニキがいない間は不安で寂しくて。
 戻ってきたらもっと優しくしてやろうと思って、アニキが帰ってきたら一緒に選んで買うつもりで、小さな人形用のスーツやカバンを売っている通販のサイトまでチェックしていたのに。

 アニキにたくさん世話になったのに、まだ、俺は何も恩返しをしていない。

「いちろ、いちろ」

 じわじわと溢れる涙をぬぐうこともせずに呆然とする俺の顔の目の前であわあわしながら、アニキは大きな目をクリッとさせて俺の鼻を小さな両手できゅっとつまんだ。

「何するんだよ」
「泣かないで、いちろ。……かちょーさんに、好きって言えないままの方がよかった?」

 鬼原課長に想いを伝えないままでいれば、アニキは国に帰ることができず、今までと同じ生活が続くことになった。
 その方がよかったのか、と訊かれた瞬間、俺を優しく包み込んでくれていた大きな温かい手が微かに硬直して動きを止めたのが分かった。

 せっかくアニキが応援してくれて、ずっと俺のことを好きでいてくれた大切な人に好きだと伝えられたのに、鬼原課長を不安にさせてしまうなんて。
 情けない自分を振り払うようにふるふると首を振って、俺は鬼原課長の手を両手でギュッと握った。

「そんなこと、ない」

 その答えに、やんちゃ坊主のクリクリの瞳がパッと輝く。

「いちろには、かちょーさんがいるからだいじょうぶだもんね」
「……ん」
「もう、運命の六尺褌は見えないけど、ちゃんとかちょーさんにぜんぶ、ことばで伝えられるもんね」
「うん」

 そうだ。
 今まで鬼原課長のことをただ怖いだけの上司だと思って、一人で何もかも抱え込んで、誰にも何も言えなかったときとは違う。
 今の俺には、一緒に歩いてくれる大切な人がいるんだ。

 ふと顔を見合わせて照れくさそうに笑う俺と課長を見比べてうんうんと頷き、アニキはぷりっぷりのケツを突き出して課長にぺこっと頭を下げた。

「かちょーさん、いちろのことをよろしくおねがいします」

 お前は俺の保護者か何かか、と言いたくなるような台詞だけど、アニキが本心から俺を心配してそう言ってくれているのが分かるので、ここは突っ込まない。

 ずっと腕に俺を抱いていた課長は、全裸のまま姿勢をただし、小さな妖精に静かに頭を下げた。

「必ず、幸せにします」
「課長……!」
「いちろがおもらししちゃってもあまりおこらないであげてください」
「おもらしじゃないから! っていうかそれはもう忘れろ!」

 こんなちびっ子に恥ずかしいあんな行為を見せてしまって、親御さんに対してひたすら申し訳なさ過ぎる。

 ついいつもの癖で勢いよく突っ込んでしまった俺に、アニキは嬉しそうに笑って小さな羽根をパタパタさせた。

「いちろ、ありがと」
「ありがとうって……何だよ。礼を言うのは俺の方だろ」
「いちろのおかげで、一人前の褌妖精になれたんだもん。いちろががんばって、ちゃんとかちょーさんに好きって言えたおかげで国に帰れるんだもん」

 小さなやんちゃ坊主が一生懸命に紡ぎ出す真っ直ぐな言葉は、じわじわと胸に染み込んで心を温かくしていく。

「いちろ、だいすき」
「……そんなの、俺もだよ」

 やんちゃ坊主に振り回されながらも、アニキとの毎日が楽しかった。
 鬼原課長の気持ちに気付くことができたおかげで、自分にとって本当に大切な人を見つけられた。

「かちょーさんと、しあわせにね。このネクタイ……いちろとの思い出に、もらっていくね」
「うん。それ、似合ってる」
「たからものにするから!」

 俺の言葉に、薄ピンク色のネクタイをキュキュッと得意げに締め直したアニキが小さな手に持った薄桃色のカードをそっと天にかざす。

 もっとたくさん、伝えたい言葉はあったはずなのに。
 もっと、一緒にやりたいことはあったのに。
 恥ずかしくても何でも、住み心地のよさそうなドールハウスを買って、小さなデスクとチェアを用意して。人形用のスーツも買って、アニキが憧れているらしいビジネスマンのような生活をさせてやりたいと思っていたのに。

 そんな願いが叶わないまま。

 ふんわり柔らかい光が部屋を包み込み、光の中に呑まれるように、小さなやんちゃ坊主は姿を消してしまった。

「田中」
「……っ、かちょ……、う」

 いつも賑やかで、俺を振り回してばかりいたやんちゃなちびっ子は、もういない。

 頬を伝落ちる涙を、あたたかい指が拭ってくれる。

 何も言わずに、ただ俺を包み込んでくれる大きな胸に甘えて。
 俺は、疲れて眠りに落ちるまでただ泣き続けたのだった。



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