5


「課長」

 真っ赤に染まってしまった六尺褌をもにょもにょと揺らして黙り込んでしまった上司に呼びかけても、返事がない。

「課長……きはら課長ってば」
「……」

 今までのあれもこれも全部俺に筒抜けだったのか……と想像するだけで、身悶えしたくなるほど恥ずかしい気持ちは分かる。
 しかも、ハムスターの覆面をかぶって別人になりすまして課長に近づくだなんて、嫌われてしまっても仕方ないくらいのことをしてしまったんだという申し訳なさで胸がいっぱいだけど、でも。

「……けんじ、さん」
「!」

 このまま気まずい雰囲気になりたくなくて、耳元で囁きかけるようにそっと名前を呼ぶと、鬼原課長は勢いよく上体を起こし、もう一度、とねだるような目で俺の顔を見つめてきた。

 ぐるりと俺の身体を包み込む『運命の六尺褌』があり得ない速さでバクバクと脈打つように揺れているところから察するに、まだ慣れない名前呼びで相当動揺しているはずなのに、キリリと凛々しい男前の顔にはそれほど変化が見えないのはさすがとしか言いようがない。

「色々なこと、今まで隠していてすみませんでした。勝手に課長の心を覗くようなことをしちゃったのも、本当に悪かったなって……思ってます」
「怒っているわけじゃない。ただ……恥ずかしいだけだ」
「俺、最低でした。ごめんなさい!」

 真っ赤な顔で俯く課長とひたすら謝り続ける俺を見比べて、それまでご機嫌で飛び回っていたアニキは急に顔を不安に曇らせ、大きな目をうるうると潤ませて俺の方をチラッと見上げてきた。

「もしかして、おれ、ダメなことしちゃった? かちょーさんもいちろも、怒ってる?」
「え、いや、ダメっていうか」
「どうしよう! いちろとかちょーさんに、しあわせになってほしかったのに……おこらせちゃった」

 まあ、駄目なことかどうかはともかく、今までのアニキのありとあらゆる行いに色々と突っ込みどころが多いのは否定できない。
 でも、せっかく今まで鬼原課長と俺との恋を一生懸命応援してくれていたちびすけを泣かせるようなことはしたくなくて、何かフォローを入れようとしたその時、課長の指がアニキの柔らかそうな頬をツンと優しく突いて、大きな目から溢れていた涙をそっと拭った。

「怒ってなんていませんよ」
「かちょーさん……」
「上司と部下という関係でしか接することはないと思っていた田中が、今こうして俺の腕の中にいるのはアニキさんのお陰です」

 課長……俺は呼び捨てなのに、アニキのことはさん付けで呼ぶんだ……。
 名刺交換した後であのビジネススキルを見せられてしまったから、課長の中ではアニキが仕事上の関係者的な位置づけになっているんだろうか。

「ほんとに? かちょーさん、ほんとに怒ってない? そんなに怖いかおなのに?」
「……顔が怖いのは生まれつきです」

 俺のことはどうでもいいのか、鬼原課長が怒っていないと聞いてにわかに元気になったちびっ子妖精をひと睨みして、俺は改めて課長にぺこりと頭を下げた。

「本当に、申し訳ありませんでした」

 運命の六尺褌がしょんぼりとうなだれているのは、俺の気持ちを反映しているからなのだろう。

 アニキには怒っていないと言っていたけど、俺には腹を立てているのかもしれない。
 もしかしたら、嫌われてしまったかもしれない。
 そんな不安にびくびくして課長の目を見つめられずにいると、伸びてきた手が、アニキにしたのと同じように俺の頬を突いてきた。

「怒っていないと言っている。この顔が普段の顔なのは知ってるだろう」
「でも……恥ずかしい思いして、嫌でしたよね」
「まあ、恥ずかしいのは否定しないが、隠していてもいなくても気持ちは変わらないし、それをお前が受け入れてくれたなら、むしろ感謝したいくらいだ」
「課長……!」

 とってもカッコイイことを言った後で、もしかしたら自分でも照れくさくなってしまったのかもしれない。端からぶわっと桃色に染まった運命の六尺褌が膨れ上がるのを見て、堪らなくなって太い首筋にぎゅっと抱き付くと、不器用な上司はやっぱりポーカーフェイスを保ったままでサラリとすごいことを口にした。

「それに、お前の方がさっきもっと恥ずかしい思いをしただろうし、これから更に恥ずかしい思いをすることになる」
「えっ?」
「いちろ、なにかはずかしいことしたの? おとななのにさっきかちょーさんに触られておもらししちゃったから?」
「っ!」
「まあ、そんなところです」
「課長! こんなちびっ子の前で何を言い出すんですか!」
「いちろ、おもらししてもはずかしくないよ、だいじょうぶ。おれ、誰にも言わないから。おふとん洗って干したらフカフカで気持ちよくなるよ」
「変なフォローするな! つーか、俺はおもらししてないから!」
「うんうん、おれもよくそうやってないしょにしようとしてエッチュウ先生にしかられてた」
「……」

 そんな同意は欲しくない。
 まさかさっきのあれはおもらしじゃない、とこんなちびっ子に男の身体の仕組みを説明する訳にもいかず、俺はおもらしの濡れ衣を甘んじて受け入れたまま口を閉ざした。

 馬鹿馬鹿しいやり取りをしている間に、部屋を満たしていたアロマの効果が切れてしまったのか、いつの間にか運命の六尺褌は透けるように薄くなって徐々に見えなくなり始めていた。

 ピッタリと寄り添ったままの課長と俺を見つめて、うんうんと嬉しそうに頷いたアニキが小さな羽根をパタッと羽ばたかせて飛び上がり、軽く伸びをする。

「じゃ、いちろとかちょーさんがしあわせになったということで、おれはそろそろおいとまするね!」
「……え?」



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