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 運命の六尺褌が見えなくなって、鬼原課長の運命の相手は俺の他にできてしまったんだと思って。
 胸が苦しくて、それでも課長のことが好きで。
 気付くのが遅すぎた恋に、あんなに真剣に思い悩んでいたのに。

 まさかこんなユルいオチが待ち受けていたとは。

「つまりお前はずっと俺に黙ってあの怪しげな薬を勝手に飲ませてたのか!」
「やーめーてー! ゆさゆさしーなーいーでー!」
「しかもそれを言わずにいなくなりやがって! お陰で急に運命の六尺褌が見えなくなって、俺がどんなに悩んだか……っ!」
「わざとじゃないもん! いちろに言うの忘れてたんだもん!」
「開き直るな!」
「やーんっ!」

 摘み上げたちびっ子坊主を俺がものすごい勢いでゆさゆさ揺するのを見てさすがに不安になったのか、「乱暴するな。可哀想だろうが」と手を伸ばしてきた鬼原課長が俺の手からひょいとアニキを取り上げて、自分の手の平に乗せた。

「あたまがくらくらするよー」
「大丈夫ですか」
「かちょーさん、顔はものすごく怖いけどやさしい!」
「……それはどうも」

 俺の手より一回り大きい鬼原課長の手は居心地がいいらしく、長い指を背もたれにすっかりくつろぎ始めたやんちゃ坊主に、俺は無言で責める視線を送ってやった。

 どうでもいいけど今お前がくつろいでるその手、さっきまで俺の恥ずかしいあんなトコロやこんなトコロをぐちゃぐちゃに弄り回してた手だからな。

「それで、まずはその『運命の六尺褌』について説明してもらえますか。これが夢か現実かはともかくとして、貴方と田中の関係は把握しておきたいのですが」

 夢と現実の狭間で戸惑いながらも、ノリで一度名刺交換してしまったからなのか、手の平に乗せたちんまりちびっこいイガグリ坊主に敬語で話しかける妙に生真面目な態度の鬼原課長に、褌妖精は薄桃色の血色のいいケツをプリッと輝かせて、小さな羽根を元気よく羽ばたかせた。

「はいっ! それでは説明にあたってパソコンお借りしてもよろしいですかっ」
「え? あ……どうぞ」

 何故パソコン、という疑問を俺が口にするより前に、小さな褌の中からお気に入りの薄ピンク色のリボンを取り出していそいそとそれをネクタイ結びにすると、アニキはふんふんと鼻歌まじりにケーブルやらプロジェクターやらを取り出して、課長が持って来てくれたパソコンに手際よくセッティングし、寝室の壁に『運命の六尺褌〜初心者向けガイダンス〜』と書かれたパワーポイント画面を映し出した。

「初心者向け……ガイダンス?」
「いつの間にこんなの作ったんだよお前」

 薄ピンク色の背景に六尺褌をイメージしたらしい白いフレームが上品に配置された画像は、文句のつけようがない凝りようだ。

「それではせつめいをはじめますっ。詳細につきましてはおてもとのしりょうをごらんください!」
「……」
「……」

 ぷりぷりのケツを振りながら、妙にキリッとした口調で『運命の六尺褌』についての説明を始めたちびっ子妖精の見事な仕事っぷりに、またしても呆然として固まっていた鬼原課長は、そっと俺の方に視線を下ろしてぽつりと呟いた。

「もしかして、お前にパソコン操作を教えてくれていた同棲中の友人というのは……」
「お察しの通り、です」

 段々調子が上向いてきたのか、画像や表をまじえながら流暢に語るちびっ子妖精と俺を見比べた上司が、長い溜息をついて腕に抱えた俺の首筋に顔を埋め、完全に脱力した様子で「何だ……」と呟く。

「俺はてっきり、俺の他にもお前のケツを狙う不届きな友人がいるんだとばかり」
「そんな不届きな友人はいませんよ。課長と違って俺はモテませんから」

 そう、鬼原課長は職場でもあの褌バーでも、皆の視線を惹きつける魅力に溢れた男前兄貴なのだ。
 そんな人が、俺のような特に何か優れた魅力を持っている訳でも何でもない普通の男を本気で好きになってくれるなんて、と思うといまいち自信が持てなくて、俺は甘えるように課長の胸に身体をもたせ掛けた。

「課長は……クリスさんにも、モテてましたもんね」
「あれはそういうんじゃない。俺が当て馬に利用されていただけなのは、さっきのアレで分かっただろう」
「でも、あんな可愛い子に甘えられたら満更じゃないですよね」
「……まさかお前、本当はああいうタイプが好みなのか」
「俺は別に、本来男には興味ないですから。まあ、ちょっと変な気持ちになりかけたのは事実ですけど」
「やめておけ、真正のドMでもない限りあんな男とは付き合いきれんぞ」

 馬鹿みたいだと分かっていても、お互いにヤキモチを焼き合っているうちに、鎮まっていた熱がふたたび疼き始めてくる。
 密着した肌の熱さから、課長も同じ気持ちになっているのが分かって……。

「では! ここで『ヨクミエール』を使用して、じっさいに『運命の六尺褌』を体感していただきましょうっ」

 ……盛り上がりかけた雰囲気を見事にぶち壊してくれたのは、自らのプレゼンによってテンションが最高潮に達したちびっ子妖精だった。



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