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 ケツが弱点なのは相変わらずだ。
 鬼原課長との名刺交換会に大興奮した様子で鼻息をふんふんさせ、小さな羽根を元気にぱたぱたさせていたちびっ子妖精は、ケツをつついた瞬間「やんっ!」と不満げな声を上げて急に大人しくなった。

「あの、ですね、これは」
「おしりさわっちゃダメって何回も言ってるのに! いちろ、いじわる!」
「もうお前は黙ってろよ!」
「やんっ!」

 この状況をどう説明したらいいだろう。
 一見冷静に対応しているように見えるけど相当動揺しているはずの鬼原課長に、褌妖精だとか、運命の六尺褌だとか、今までの経緯を上手く説明できる気がしない。

 もう一度ケツをつつかれ、すっかり大人しくなって俺の頭の上に降りてきたちびっこと俺の顔を見比べてしばらくじっと黙っていた課長は、やがて深く息を吐くと、もう一度俺の身体を抱き寄せて肩に顔を埋めてきた。

「鬼原課長?」
「――分かっていた」
「えっ!?」

 一体何を、と訊き返す間も与えず、鬼原課長の大きな手が感触を確かめるように乱暴に、モミモミとケツを揉み始める。

「か、課長……あの、ケツ……」
「ノンケのお前が俺を好きだと言ってくれて、しかも……このケツに俺のモノを突っ込まれてあんなにエロい声で感じるなんて、そんな都合のいい出来事がやはり現実のはずはない」
「!?」

 ちょっと。
 あれだけヤリまくって、これは夢なんかじゃないと分かってもらったはずだったのに、アニキの登場で混乱してまた現実が信じられなくなっちゃってるよ、うちの課長。

「いや、夢じゃないっすよ。夢であんなリアルにエロいことしないでしょ」
「いつもの夢だ……。最近疲労が溜まっていたせいで妙な小人まで登場している」
「いつも夢の中で俺にあんな凄いコトしてたんですか!」
「こびとじゃないもん!」
「――夢でもいいから……」

 ギュッと俺を抱く腕に力をこめて、まだ熱く火照る身体で俺を包み込んだ野獣は首筋にそっと舌を這わせ、顎先の汗を舐めとって、静かに唇を頬に押し当てた。

「目が覚めるまで、このままでいさせてくれ」
「……」

 どうして今まで、鬼原課長の表情が読めないなんて思い込んでいたんだろう。

 腕の中に納まった俺を見つめる課長の目は優しくて切なくて、どこまでも真剣そのもので。
 運命の六尺褌なんてなくても、視線から、触れあった肌から気持ちが流れ込んでくる。

 俺、本当にこの人に愛されてるんだ。

「これが本当に夢だったら朝までこうしていたいトコなんですけど……」

 すっかり一連の出来事を都合の良い夢だと勘違いして、大切な宝物を取り上げられた大型犬のように悲しげな目で俺を抱く上司に、改めてこれは現実だと思い知らせるため、俺は目の前にあった形の良い耳を軽く甘噛みして身体を起こした。

「とりあえずシャワー、浴びませんか。なんていうか……課長の、その、アレが……中で凄いコトになってて」
「!」
「っ!? 何で今ので微妙に勃つんですか!」
「おおっ、かちょーさんのおちんちんむくって大きくなったね! すっごく大きいね!」
「お前は見ちゃダメ! っていうか話がややこしくなるから家で大人しく待ってろよ」
「やっ! いちろにすごいもの、見せたいんだもん!」

 ピッタリと密着した下半身に再び怪しげな熱が生まれ始めた野獣上司が、俺のケツを揉んでいた手をさりげなく尻肉の間に移動させて、いやらしく濡れたその部分を探り当てるより先に。
 空気をまったく読まないちびっこ妖精は、小さな羽根をパタパタっと羽ばたかせ、課長と俺の顔の前に浮かんで褌の中を探り始めた。

 夢と現実の狭間で混乱しているらしい課長も、こんなちびっ子の前で不埒な悪戯をはたらくことは気が咎めたのか、ケツを揉んでいた手を止めて突然紳士らしく俺の身体をシーツでふんわりと包む。
 雄臭さが充満したベッドの上で真っ裸で抱き合っていながら今さらと言えば今さらな気遣いだけど、夢だと思っていても俺を大事に扱ってくれる優しさが嬉しい。

「じゃーんっ! 見てっ、これ!」

 ちびっ子の手前、ギリギリのところでお預け状態に耐えている飢餓状態の野獣にはまったく気づかず、のんきな褌妖精は渾身のドヤ顔で褌から取り出した何かを俺たちの目の前に高らかに掲げて見せてきた。

「見てって、言われても」
「すごいでしょっ」

 アニキが手にしているのは、桃印が並んだ例のポイントカード。
 小さなカードはいつの間にか全面が桃の印で埋まっていて、柔らかいピンク色の光に包まれてキラキラと輝いていた。

「あれ? 何か、ポイント満タンになってる?」
「いちろとかちょーさんがさっきアンアンウフフってしたから、桃ポイントがいっぱいになったの!」
「えっ!」
「桃ポイント……?」
「これもひとえにかちょーさんのおかげです! ありがとうございます!」
「……よく分かりませんが、お役に立てたなら光栄です」

 アンアンウフフとやらは聞き流すとして、鬼原課長と俺の関係が進展したことで桃ポイントとやらが増えたと聞いて、俺は小さな妖精が掲げた小さなカードをしげしげと眺めて呟いた。

「何で……ポイントが」
「えっと、かちょーさんのおちんちんがいちろの中にぷすってなったことによって桃ポイントがいっぱい貯まりました」
「ガキがそういう生々しいことを言うな!」

 アニキに目撃されていたと思うと全身発火してしまいそうなくらい恥ずかしい行為のことはとりあえず脇に置いておいて、今気になるのはそこじゃない。

「だって、アレだろ……」
「なぁに?」
「俺はもう……鬼原課長の、その……“運命の六尺褌”の相手じゃない、から。俺が課長と、ええと、今みたいなこと、しても、お前が国に帰れる訳じゃないだろ」

 そう。
 鬼原課長と俺の間を繋いでいた“運命の六尺褌”は消えてしまった。
 俺は課長が好きで、課長も……今はまだ俺を好きだと思ってくれているかもしれないけど、それは運命の六尺褌で繋がれた恋ではないのだ。

 忘れかけていた不安がよみがえって、助けを求めるように、心地好い熱を持った胸板に頬を寄せると、逞しい腕が優しく身体を抱き寄せてくれる。
 突然のアニキ登場に動揺していても、話の流れがまったく理解できていなくても、鬼原課長はいつも優しい。
 いつも、俺を守ってくれる。

 運命の六尺褌に逆らった恋は、長続きしないとアニキは言っていた。
 いつかはこの温もりが離れて行ってしまうのかもしれない、と思っただけでじんわり涙ぐみそうになる俺の顔を不思議そうに見上げたちびっ子妖精は、大きな目をぱちくりさせて首を傾げた。

「かちょーさんの“運命の六尺褌”の相手はさいしょからいちろしかいないよ?」
「……?」
「運命の六尺褌の相手は、変わったりしないもん」

 当然のことのようにサラリと言って「ねー!」と課長に同意を求めるちびっ子に、よく分からないまま何となく課長が頷いているのを見て、俺は勢いよく手をのばしてちびっ子の身体をつまみあげた。

「どういうことだよ!」
「やん! はーなーしーてー!」
「お、おい、田中。こんな小さな子供に乱暴な真似をするな」
「だって、お前がいなくなってから……運命の六尺褌が消えて、それで俺は……鬼原課長はもう俺のことを好きじゃなくなっちゃったんだって思って……」
「ちがうもん! それは『ヨクミエール』の効果が切れちゃっただけだもん!」
「……は?」
「おれがいる間は毎日いちろのコーヒーとかにこっそり入れて飲ませてたからずっと見えてただけで、ほんとは『ヨクミエール』の効果は約一日なんだよ」
「……」



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