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○●○
鬼原課長に告白したい。
閉店時間を迎えた後で、売り場の片付けを進めながら思い切って打ち明けた途端、間宮さんは普段のピヨっとした癒し系の雰囲気からは想像もつかない男らしさを発揮してくれた。
「そういうことなら今夜、決行しましょう」
「今夜!?」
「恭輔さんにお願いして、今からケンジさんを『CLUB F』に呼び出してもらいます」
「そ、そんなすぐですか!」
俺は課長に気持ちを伝えたいと思っただけで、具体的には何も考えていなかったのに。
取り出した携帯で橘課長に連絡を取り、テキパキと事情を説明して鬼原課長の呼び出しと俺用の褌の調達を頼み始めたときの間宮さんの男らしさといったらなかったけど、そんなところに感心している場合じゃない。
「あの、明日も仕事があるし、今日はちょっと」
そう。
明日も『プラザ801』の創業祭は二日目を控えていて、今日以上に賑わう売り場で丸一日を戦い抜かなくてはいけない。
ほぼ失恋が確定しているのに、敢えてそんなハードな日の前日を選んで玉砕しなくても。
できれば連休の前だとか、フラれてもしばらく鬼原課長と顔を合わせずに心の傷を癒すことができる時を選んで挑戦したい。
ビビり全開でそんな甘っちょろいことを言う俺の頬に冷んやりと冷たいビールの缶を押しつけて。
間宮さんは、キリッと凛々しい褌兄貴の顔でキッパリと断言したのだった。
「田中さん、ケツは熱いうちに掘るんです」
「ケツ!?」
「褌界の常識ですよ」
何ですかそのことわざは。
俺が知っていることわざと、響きが似ているだけで随分意味が変わっちゃってるんですけど。
しかも、それだと俺が鬼原課長のケツを狙っているっぽい。
「俺は別に、課長のケツは狙ってないんですけど……」
ごくごく自然にそう突っ込んで。
俺は、自分が女役に回って鬼原課長に抱かれているシチュエーションの方を普通に想像できてしまったことに驚いた。
今まで男同士の恋愛なんて考えたこともなかったし、鬼原課長を好きだという気持ちに気付いても、具体的にそれが何を意味するかなんて考えたこともなかったのに。
今は、あの大きな手に触れられたい。
あの腕に包まれて、全身で鬼原課長を感じてみたい。
そういうのも込みで、ちゃんと男として鬼原課長のことが好きだと、断言できる。
「ケツは狙ってないですけど……俺、やってみます」
「その意気です!」
遅くても早くても結果が同じなら、いつ挑んだっていいはずだ。
むしろ、挑むなら今しかない。
クリスさんに振り回されながら、どんどん距離を縮めていく課長の姿を、これ以上中途半端な状態で見ていたくないから。
「――待たせたな」
「恭輔さん」
「ほら、これでいいんだろ」
どこからか調達してきてくれたらしい薄桃色の褌を手に現れた橘課長が、猛禽類の鋭い瞳で俺を見下ろして、その褌を手渡してくれる。
何か釘を刺されるんじゃないかな、とビクビクして身構えている俺に、間宮さんの自慢の恋人は今までで一番あたたかい声をかけてくれた。
「俺と間宮はこの後初日の報告会と明日の準備があるから遅れるが、必ず店に行く」
「橘課長……」
「あのネコ目小僧にビビって逃げたりするんじゃねえぞ。男なら、自分で決めたことは最後までやり抜け」
橘課長の隣に立って、間宮さんが天使の笑顔で頷く。
「大丈夫ですよ、田中さん! ケンジさんの一途さは褌仲間の皆さんが証明してくれますもん。偽ケツなんかに心変わりするような人じゃないです」
橘課長と間宮さんの温かい言葉が心に染みて、アニキがいなくなって運命の六尺褌が消えてしまってからずっと胸の奥にモヤついていた不安が、溶けるように消え去って行くのを感じた。
「橘課長、間宮さん……ありがとうございます」
そうだ。
運命の褌が消えてしまったということは、運命は絶対じゃないということなのかもしれない。
だったら、もう一度。
今度は自分の力で、運命を掴み取ればいい。
薄桃色の褌を手に、真っ直ぐ見つめた先には、鬼原課長へと伸びる六尺褌は見えなかったけれど。
もう、俺の気持ちに迷いはなかった。
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