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このぷにぷにとした柔らかな感触は、絶対に夢や幻覚なんかじゃない。
改めて感触を確かめるためにぷりっとした尻をつついてみると、ちびっこは「やんっ」と小さな声を出して、もじもじと恥ずかしそうに手で尻を押さえた。
「褌妖精ってのは一体何なんだ」
「そんなことはどうでもいいよー。もうお腹がぺこぺこだよう、目がかすむよう」
「……」
俺に摘まれたまま、小さな身体をバタバタさせてしきりにカップ麺を気にするちびすけを見ていると、確かに色々なことがどうでもよくなってくる。
完全に脱力した俺は、こんなに小さいくせにアニキと名乗ったちびすけをテーブルの上に戻し、戸棚から取り出したお猪口に麺を取り分けてやった。
「まだ熱いから、気をつけろよ」
「わあい、いただきます!」
「ちびっこサイズの箸までは用意できねーぞ」
「うん、手で食べるからおかまいなく」
よっぽど腹が減っていたのか、庶民の粗食だとか何とか馬鹿にしていたはずのカップ麺はものすごいスピードでなくなっていく。
一生懸命小さな手で麺を一本ずつ掴んで、もぐもぐと平らげていくアニキを眺めながら、俺は残りの麺をすすって静かに脳内を整理していたのだった。
自称褌妖精のアニキが何者であるかを訊いたところで、これ以上明確な答えは返ってこないだろう。
そもそも、この小さな生き物が人間の言葉を喋って動いている時点で、すでに状況は俺の理解できる範囲を超えている。
「カップラーメン、おいしい!」
「ああそう、それはよかった」
「あぶないところを助けてくれて、ごはんもくれるなんて。いちろーはいい人だなあ」
「っていうか、お前はどうしてあんな所で猫に囲まれてたんだよ」
手も顔もべちょべちょにして食べることに集中しているアニキにそっとティッシュを差し出しつつ訊くと、それまで一心不乱にカップ麺を食べていたアニキはふと顔を上げて、くりんとした大きな目を潤ませて俺を見上げてきた。
「ええとね、褌妖精は人間の世界とは違う褌妖精の国に住んでいるんだけど、おれはいたずらして、父上をおこらせちゃったから人間界に強制留学させられたの」
「ふーん……」
「褌を愛する人間の“運命の恋”を叶えるまで、帰っちゃだめなんだって」
そう言って、ションボリした顔でちびちびと麺をかじるちびっこいアニキを見ていると、夢だとか幻覚だとかいっていたことも忘れて何だか気の毒になってくる。
「だったら、その運命の恋ってやつをさっさと叶えればいいじゃねーか」
「んー、はたらいたりとかはあんまり好きじゃないの」
「……え?」
「はじめての人間界がたのしくて、色んなところにいって遊んでるうちにお腹がすいちゃって、どっかのおばさんが猫さんたちにあげてたカリカリをちょっぴり分けてもらおうとしたら集まってきた猫さんに囲まれちゃった」
「……」
それは、何から何まで自業自得というやつだろう。
褌妖精の国とやらを追い出された原因も原因だし、やるべきことをやらずに遊び呆けた挙句、猫のエサを横取りしようとして囲まれるとは。
ダメ人間の見本じゃないか。
お猪口一杯のラーメンを食べて空腹が満たされたのか、ティッシュで顔を拭きながら満足げに息をつくアニキの小さな額を、俺は指先で軽く小突いてやった。
「いたいっ」
「ダメだろ、やらなきゃいけないことはちゃんとやらないと」
「ん、そろそろがんばろうかなとは思ってた」
「本当かよ」
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