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謎のちびっこい物体をポケットに入れて帰った俺は、とりあえず何も考えないようにしながらヤカンに湯を沸かして戸棚からカップ麺を取り出した。
「あ、これ知ってる。カップラーメンだ!」
なるべく存在を忘れたいと思っている俺の気持ちを無視して、ポケットからひょっこりと顔を覗かせたちびっこがモゾモゾとはい出し、ちびちびとした羽を一生懸命羽ばたかせてふらつきながら何とかテーブルの上に到着する。
自分の背丈よりも大きなカップ麺の容器を興味津々で観察しながら、謎のちびすけはクリクリの大きな目で俺を見上げて、何故か得意げに胸を張った。
「これは“庶民”の人が食べる“粗食”でしょ。兄上に教えてもらったの」
「……」
腹を空かせて食い物をねだっていたくせに、何という上から目線。
そもそも、コンビニに行きそびれて晩飯にカップ麺を食うはめになったのはお前のせいだっつーの。
「庶民の人、貧しいのにごはんを分けてくれてありがとう」
丁寧なのか嫌味なのか分からないことを言いながらペコッと頭を下げるちびすけに、俺は極力冷静になって言い聞かせた。
「俺は庶民の人じゃなくて田中一郎! このカップ麺はメシを作るのが面倒だからストックしてあるだけで、別に貧乏っていう訳じゃない」
「えっ、じゃあ、いちろーは貧乏じゃないのにこんな狭いおうちに住んでカップラーメンを食べてるの? 何で?」
「……」
「あ、お湯沸いたよ!」
もう、何も言うまい。
このちんまりとした謎の物体が動いて喋っているだけでもパニック状態だというのに、これ以上話しても疲れるだけだ。
「どいてろ、ちびすけ。火傷するぞ」
「お湯を入れたら三分でしょ。知ってる!」
「あーはいはい」
テーブルの上をチョロチョロと動き回るちびすけを端っこの方に避難させてから、俺は沸騰したお湯をカップ麺の容器に注ぎ込んでフタを閉めた。
「幻覚が見えるほど疲れてるなんて、重症だ」
「いちろー、幻覚が見えるの?」
「……背中に羽の生えたちびっこいいがぐり坊主がテーブルの上で喋ってる」
俺の言葉にちびすけはキョロキョロと辺りを見回し、やがて、自分のいがぐり頭と背中に生えた羽にハッと気付くと小さなソレを羽ばたかせて怒りだした。
「おれは幻覚じゃないもんっ」
「じゃあ何だっていうんだよ」
こんなこと、幻覚以外の言葉で説明できるはずがない。
俺はあの鬼上司に怯えながら働くことで自分でも気付かないうちに神経を擦り減らして、幻覚を見るようになってしまったんだ。
今の仕事がひと段落したら、少しまとまった有休を取得しよう……などと考えている俺の目の前で、真っ白いオムツのような褌を閉めたちびっこの幻覚は偉そうに胸を張って俺を見上げた。
「おれはアニキ=ド=フンドシール。褌を愛する心から生まれた褌妖精だよ」
「ふんどし、妖精?」
「うん、そう。それより、そろそろ三分経ったんじゃない?」
褌妖精。
もしこいつが俺の潜在意識の生み出した幻覚だというなら最悪だ。
妖精というメルヘンチックな設定だけでも身もだえしたいほど恥ずかしいのに、褌を愛する心から生まれた褌妖精?
もう、自分という人間を疑ってしまうほどのマニアック設定じゃないか。
誓って言うが、俺は褌という物に特に興味はないし、地元の祭り以外の場所でそういった下着を身につけている人間を見たこともない。
更に、妖精なんていうメルヘンな存在にまったく興味がないことは言うまでもない。
「ねーねー、いちろー。早くしないと麺がのびちゃうよー」
ぷりんっとしたケツを丸出しにした褌姿で、ちまちまぷにぷにとカップ麺の容器の周りを歩き回るちびすけをつまみ上げて、俺はもう一度そいつをじっくりと観察した。
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