3


 都会に舞い降りた小悪魔クリスの名前がツボにハマって笑いが止まらない俺に、間宮さんが「笑いごとじゃないですよ!」とぴよぴよの口を可愛らしく尖らせた。

「この人、狙った獲物は逃がさないハンター体質の肉食系小悪魔で、ゲイ界で人気の男前兄貴さん達を今までに何人も骨抜きにしちゃってるらしいんです」
「金に余裕があって自分を思い切り甘やかしてくれる見た目が好みの男だけを狙ってな、貢がせるだけ貢がせて、遊び飽きたら次の男を漁り始める天性のタラシだ」
「二股どころじゃなく手を出し過ぎたせいで、クリスさんを巡ってゲイバーでドロドロの修羅場が繰り広げられたことも一度や二度の話じゃないらしいですよ」
「す、すごいっすね……」

 そんな小悪魔な男がこの世にいるのかと思ったけど、写真のアイドル顔を見る限り、こういう可愛い系のイケメン君に言い寄られたら陥落してしまう男は多いのかもしれない。

 長いまつ毛が印象的な二重のツリ目には不思議な色気があって、男同士でのあんなことやこんなことなんて想像もできない俺でも、太三郎に言い寄られたら何だかちょっとおかしな気持ちになってしまいそうだ。

「そんな小悪魔さんが、褌バーに何の用事だったんでしょう」

 このキラキラのアイドル顔で数々の男を手玉に取る小悪魔の趣味が褌だったりしたら、もう俺は笑いのツボにハマって二度と出られないかもしれない。

 間宮さんの場合は、細身ながらも綺麗に筋肉のついた身体で見事に褌を締めこなしているから、まったく違和感がないんだけど……。
 クリスさんの場合、こんなにキラキラしたチャラい外見の“誘惑の小悪魔”が褌を締めている姿というのは、なかなか想像できない。

 応接テーブルに置かれた雑誌の切り抜き写真を見ながら、頭の中で画像をコラージュして褌小悪魔の姿を思い浮かべようとする俺の向かいで、橘課長はほとんど極道の幹部のような本性を隠そうともせず、足を組んでソファーにもたれかかり、苦々しげに舌打ちをした。

「クリスの野郎は前から謙二を狙ってやがったんだ」
「っ!……鬼原課長と、お知り合いの方なんですか」
「ああ。別に飲む場所は『CLUB F』だけじゃねえからな。他の店で目を付けられて、ずっと露骨にアピール攻撃されていたんだ」
「そう……だったんですか」
「ただ、謙二のヤツは……こう、何つーか、色恋沙汰に関しては致命的に鈍感で、まったく落ちる気配がなかったんで、クリスの方が一方的にキレちまってな。ここしばらくの間はどこか他所で遊びまくっていたらしい」
「鬼原課長、あんな男前兄貴なのに意外に恋愛慣れしてないんですね」
「気の毒なくらい不器用な奴だよ、アイツは」

 そうなのかもしれない。
 本当は、怖い人じゃなくて、不器用なだけなんだ。

 俺の小さな反応に、ポーカーフェイスの下で忙しく表情を変えていた『運命の六尺褌』を思い出して、胸がキュッと苦しくなった。

「まあ、俺らの世界は狭いからな。特定の相手に興味を示さない謙二が珍しく“はむケツ”には興味を持っているんじゃねえかって噂が広がったのを確認しにあの店に来て、たまたまお前が慌てて帰る現場を目撃。そして……」
「――残されたハムスターの覆面と褌を拾ったところにケンジさんが来て、自分を“はむケツ”だと誤解しているのをチャンスだと思って、そのままはむケツさんになりすましちゃったんでしょうね」
「一度食っちまえば、後から嘘がバレるときにはもう完全に謙二を落としている自信があるんだろう」

 一度食っちまえば。

 橘課長のひと言に、心臓が大きく脈打って、停止しそうになった。

「じゃ、じゃあ……鬼原課長は、その、“はむケツ”だと思っているクリスさんと、えっちなことを……」
「それはないだろうな。安い据え膳にあっさり手を出せるくらいの甲斐性があればお前なんてあっという間に食っちまってる」
「……」

 橘課長のフォローは、身も蓋もなさ過ぎて鬼原課長が気の毒になってくる。



(*)prev next(#)
back(0)


(52/89)
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -