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 こんな展開が待ち受けていると知っていたら、全力で逃げていたのに。

「田中さんのお噂は鬼原課長からよく伺っていたんですよ。……なあ、ケンジ?」
「おい、誤解されるようなことを言うな。別に大したことは言ってないだろう」

 打ち合わせ用の簡易な応接テーブルの向こうに腰を下ろし、鬼原課長と打ち解けた様子で話しているのは、『プラザ801』渠須北店の橘総務課長。

 大手百貨店の総務課長と聞いて想像していたよりずっと若く、派手過ぎず地味過ぎない明るさのブラウンのネクタイをダークカラーのスーツに合わせて見事に着こなしたセンスは、さすが数多くのメンズブランドを揃える『プラザ801』の総務課長だと感心してその男前ぶりを参考にしたいところなんだけど。

 俺の頭はパニック状態で、正直なところ、ファッションセンスどころの話ではなくなっていた。

「うちの間宮は入社二年目で田中さんと年も近いでしょうし、研修中何かあったら気軽に相談して下さい」
「よろしくお願いします、田中さん!」
「や、あの、こちらこそよろしくお願いします」

 橘課長に紹介されてぺこっと頭を下げた若手社員さんの顔が、何故か俺の中でひよことダブって、より一層頭を混乱させる。

「見て、みて、いちろ! 褌パのときは周りの褌のエネルギーが濃すぎてよく見えなかったけど、このふたり、金色の六尺褌でしっかりとむすばれてるでしょ! いちろーもかちょーさんと両想いでうふふな関係になったら、こんなふうに運命の六尺褌が金色になるんだよ」

 橘課長と間宮さんの間をふよふよと飛び回って、二人を繋ぐ金色の六尺褌について興奮気味に解説しているアニキの能天気さが、いまはひたすら恨めしかった。

 ある意味衝撃の再会とも言える、このシチュエーション。

 鬼原課長が個人的な知人だと言っていた『プラザ801』の総務課長は……何と、あの夜褌バーで出会った、黒褌の兄貴だったのであった。



 あの夜は仮面を付けていたから顔までははっきり分からなかったものの、橘課長が会議室に入ってきた瞬間、俺の中では黒褌の兄貴とその姿が完全に一致した。

 スーツを着ていても隠し切れない濃厚な雄の色気がダダ漏れで、漂う危険な野獣オーラが褌姿のときとほとんど変わらない。
 しかも、隣に控えている間宮さんは間宮さんで、普通にスーツを着て真面目に打ち合わせに参加していても、何だか仕草が愛くるしいというか“ぴよケツ”っぽいし。

 もう、あの夜褌バーにいた二人そのまま過ぎて……。
 そもそも嘘をつくのが苦手な俺は、今日初めて二人に会った感じを出来る限り自然に漂わせることに必死だった。

「お……お二人は、どのようなお知り合いなんですか」

 褌仲間だと分かっていてこんなことを聞くのもかなり苦しいが、仕事モードを離れて打ち解けている課長コンビを前にして、何も触れずにいるのも不自然だろう。

 極力自然な感じで尋ねた俺に、鬼原課長はちょっと間を置いてから答えてくれた。

「こいつは俺と同じ店に通っているふん……飲み仲間だ。間宮さんも、仕事で顔を合わせる前から店で何度も会っていてな」

 今、褌って途中まで言いかけちゃいましたよね、課長。

 応接テーブルの上にちんまりと腰を下ろしたアニキが「かちょーさんとたちばなかちょーさんは、ずっと前からのふん友だもん」と、何故か大威張りで胸を張っている。

「とっても素敵なお店なので、今度田中さんも一緒に飲みに行きましょう!」

 ぴよぴよの可愛い笑顔を輝かせて間宮さんが提案した瞬間、ダブル課長は、同じタイミングで口に含んでいたコーヒーを吹き出しかけてむせてしまった。

「間宮さん、あの店はかなり玄人向けというか、好き嫌いが別れるので田中にはどうかと」
「……はっ! そ、そうですね。でも、ええと、違うお店でもいいので田中さんと一緒に飲みたいな〜と思って」

 多分、間宮さんにとっては褌の存在があまりにナチュラルに日常生活に溶け込んでいて、あの褌バーがかなり特殊な店だという認識が欠け落ちてしまっていたんだろう。

 慌ててフォローを入れる間宮さんの隣で、橘課長が何かに気付いたようにハッと表情を変え、鋭い獣の瞳を俺のケツに向けてきた。

「あの……橘課長? どうかしました、か?」
「――いや、何も」

 獲物を見定める、野獣の瞳。

 突き刺さるような視線が怖くて、座る位置が自然にじりじりと鬼原課長の方に近付いていくと、運命の六尺褌が俺を守るようにして身体を包み込んでくれる。

 何かを考えこんでいる様子の橘課長は、その後、打ち合わせの間中ずっと、視線を俺のケツに定めて動かさなかったのだった。



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