5



○●○


 結論から言うと、そんなに豪華という訳でもない俺の手料理はどうやら鬼原課長的にかなり大好評だったらしい。

 ……らしい、というのは、左手の薬指を繋ぐ“運命の六尺褌”の反応から俺がそう解釈したということで、実際の鬼原課長の反応はそれ程大袈裟なものではなかったんだけど。
 喜んでもらえたことだけは、間違いないと思う。

 あまり時間をかけて作っても仕方ないので、とりあえず冷蔵庫にあった物を見て考えた献立は、豚の生姜焼きと、レンジでチンして出汁に浸けるだけの焼き浸し風茄子、温野菜のサラダ、きのこたっぷりの田舎風味噌汁という何とも簡単で素朴なものになった。
 それでも一応、生姜焼きのタレには田中家秘伝の隠し味を利かせて、茄子にもお洒落っぽく白髪ネギを乗せ、サラダもひと手間かけた手作りのドレッシングを添えてみたのだ。

 感謝の気持ちをこめたつもりが、全然課長の口に合わなくて逆に恩を仇で返すような形になったらどうしよう、と、緊張しながら食卓に皿を並べる俺の手元を、課長は相変わらずのポーカーフェイスでじっと見つめていた。

 以前の俺だったら、そんな課長の反応を見て「やっぱり余計なことしたかも!」と涙目になって後悔していただろう。
 そのくらい、鬼原課長の表情から考えていることを読み取るのは難しい。

 男前ではあるものの、目つきが鋭いせいなのか、常に眉の角度が険しいせいなのか、迫力のあるその顔が、今までは単に怖いだけだったんだけど。

 皿を並べる俺を緊張させていたのは、男前課長の顔ではなく、ちぎれてしまうのではないかというくらい固くねじれた状態でドクドクと激しく脈打っている白い布の反応だった。

 大したことのない手料理を前に、鬼原課長があり得ないレベルで緊張して、怒っているんじゃないかと勘違いしてしまいそうになる無表情の下で、もの凄く喜んでいる気持ちが、六尺褌を通して伝わってくるのだ。

「あの、お口に合うか分かりませんが……どうぞ」

 見た目は豪華でも何でもない普通の料理だけど、とりあえず香ばしいタレとふんわり優しい味噌汁の匂いが食欲をそそる。

 鬼原課長の尋常じゃない緊張感に俺までドキドキしながら食卓に並んだ料理を勧めると、課長は静かに箸をとって「いただきます」と手を合わせ、壊れ物のように大切に持ち上げた味噌汁碗をゆっくりと口に運んだ。

 一瞬の沈黙の後で、味噌汁碗をそっと下ろした課長が、満足げに息を吐く。

「美味いな」
「そ、そうですか? よかったー。味噌汁ってダシのバランスとか濃さとか、結構好みが分かれますからね。課長好みの味じゃなかったらどうしようってドキドキしてました」
「今までこんなに美味い味噌汁を飲んだことがない」
「え、それはちょっと褒め過ぎなんじゃ……」

 一応丁寧にダシをとったし、きのこの旨味も出ているだろうけど、それ以外に特に何か工夫をした訳でもない普通の味噌汁だ。
 どちらかというと、庶民の味だろう。

 課長クラスになれば接待で色々な店の美味いモノを食べ慣れているはずなのに、そこまで褒められてしまうと、何だかくすぐったい気分で顔がモニョモニョと変な形になってしまいそうだった。

「お前にこういう才能があったとはな」
「全然才能とかはないんですけど、嫌いじゃないんですよね」

 生姜焼きも茄子も、温野菜サラダも口に合ったらしく、鬼原課長は男らしい食べっぷりでどんどん皿の上を片付けていく。

 ひと口食べ進むたびに真っ白な六尺褌がキラキラと輝いて、課長が喜んでくれているんだと思うと頬は自然に緩み、俺ももりもりと箸を進めた。

「課長の方が料理は得意そうなイメージです」

 冷蔵庫の中の食材や調味料の品揃えから、普段色々なものを作っているのかと思いきや、返ってきた答えは意外なものだった。

「いや、料理はむしろ苦手な部類だな。作らんことはないが、普段は外食の方が多い」
「ふうん。何でも器用にこなされるのに、意外ですね」
「仕事では何でもある程度できる必要があるが、私生活までそんなに頑張ってはいられんだろう」
「じゃあ、帰宅したら靴下もパンツも脱ぎっぱなしとか……」
「そこまでだらしなくはない。大体、何で帰宅していきなり全裸になるんだ」
「……ですよね」

 別に全裸になるということを想定した言葉ではなかったんだけど、そう言われて何となく、昨日見た課長の鍛え上げられた見事な身体を思い出し、俺は自分の顔が熱くなるのを感じながら味噌汁を啜った。

 おかしいだろ、俺。
 褌姿の課長を思い出してドキドキするなんて。

「しかし美味いな」
「今日のは我ながら美味くできたっすね」

 両端からじわじわと薄桃色に染まっていく六尺褌を視界の端に捉え、黙々と夕食をたいらげる。

「何かリクエストとか、ありますか? 今度は課長の好きな物を作りますよ」

 次の約束をした訳ではないけれど、何気なくそんなことを言うと、課長も同じように何気なく「考えておく」と返してきた。


 多分俺だけが知っている、厳しい上司の、意外に不器用で可愛いかもしれない素顔。

 二人の間を繋ぐ薄桃色の布がキラキラと輝いて、左手の薬指にじんわり優しい温もりを伝えてきたのだった。




(*)prev next(#)
back(0)


(34/89)
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -