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 何だよ、あのエロ過ぎる褌姿は。
 全裸の方がまだいやらしくないんじゃないかというような、危険な雄のフェロモンが漂いまくっている。

「ねっ? これでかちょーさんが褌派だってしんじてくれたでしょ」

 何故か得意げに胸を張って鼻息をふんふんと鳴らすアニキの言葉に頷くこともできず、俺は鬼原課長の信じられない姿を見つめたまま呆然と立ち尽くしていた。

 あの鬼原課長が褌を締めて、同じように褌を締めた男達と談笑しているなんて。

 男気全開の鍛え抜かれた身体にも驚きだけど、それ以上に、会社では滅多に表情を変えない課長が、仮面で顔を隠した状態とはいえ誰かと楽しそうに笑って話していることの方が衝撃的かもしれない。

 入り口の前に立ったまま動かない俺の視線に気付いてしまったのか、黒褌を締めた兄貴と談笑していた鬼原課長がこちらに顔を向けて、カウンターの向こうのゴツ顔マスターさんと黒褌の兄貴とひと言二言交わしてから、俺の方に向かって近付いてきた。

「や、やばい。逃げなきゃ」
「逃げちゃだめっ。せっかくかちょーさんのことを知るチャンスなのに」
「っていうか、こんな仮面してても話せば声ですぐ俺だってバレるし」
「それなら大丈夫。こんなこともあるかと思って、褌妖精ショッピングで便利そうなお道具を買っておいたから!……えっと、どこだったかな」
「また通販かよ!」

 ヒソヒソと小声でアニキと言い合っているうちに、鬼原課長はフロア中の熱い視線を浴びながら褌姿で堂々と入り口へと進んでくる。

 逞しい肉体と股間の膨らみが強調された六尺褌姿の課長は、もうほとんど犯罪級と言ってもいい危険な雄臭さに包まれていて、俺は思わずドアにぴったりと背中をつけて逃げの体勢をとってしまった。

 ある意味普段のスーツ姿よりも格好良いんじゃないかという勢いで見事に褌を締めている鬼原課長と、あやしげなハムスターの覆面を被って貧弱な身体に似合わない薄ピンクの褌を締めた俺。
 この場合、お互いの正体が分かったときにダメージを受けるのは、どう考えても俺の方だ。

 ドアに背中をつけてビビリまくる俺の前に立った褌姿の鬼原課長は、仮面に上半分を隠された顔で口元に笑みを浮かべ、今までに聞いたことのないような優しい声で俺に話しかけてきた。

「大丈夫か、坊主?」
「っ!」
「ずい分緊張しているみたいだな。……まあ、こういう店が初めてなら無理もない話だが」

 左手の薬指を結ぶ白い六尺褌に何の変化もないところを見ると、とりあえず俺の正体はまだバレていないらしい。

 というか、ハムスターの覆面で顔は全然分からない状態になっているし、課長だってまさか自分の部下がこんな怪し過ぎる褌姿で褌バーの仮面パーティーに参加しているとは思わないだろうから、気付かれないのは当然かもしれない。

「あった! いちろー、口あけて!」
「ん……?」

 俺の肩に乗って褌の中をごそごそと探し回っていたアニキが何かを取り出して叫んだのにつられて、言われるがままに口を開けた瞬間。
 何やらスプレーのようなものを口の中にシュッと吹き付けられて、それを普通に吸い込んだ俺は思い切りむせて咳込んでしまった。

「っ、けほっ!……ううっ」
「おい、本当に大丈夫か。しっかりしろ」
「だ、大丈夫です」

 うっかり声を出した後で、自分の口から出てきた声に驚いた。

 俺の声はいつの間にか、何やら可愛らしい、高めのソフトボイスになってしまっていたのだ。

「褌妖精ショッピング特製『コエガワリック』を使ったの。これなら声でいちろーだって分かっちゃうこともないから、安心でしょ」
「……」

 コイツと出会ってからというもの、数々の怪しいクスリのような物を服用させられてしまっている気がするけど、俺の身体は大丈夫なんだろうか。

 ふわふわと飛び回るアニキの尻を睨みつけ、帰ったらお仕置きが必要だと考えているうちに、鬼原課長の大きな手が遠慮がちに俺の背中に触れて、耳元に低く優しい声が落ちた。

「こんな所に立っていても目立つだけだ。何か飲んで、少し落ち着いた方がいい」



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