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○●○


「――で、何なんだよこの格好は」

 何とか残業をせずに仕事を終えて早足で帰宅した、金曜日の夜。

 俺は薄桃色の褌一丁という何とも心細い格好で鏡の前に立って、嬉しそうに飛び回るちびっこ妖精を睨みつけていた。

「うんうん。締めなれない褌とかも、ういういしくていいよね」
「よくねーよ! 何か、すっごいケツがスースーするし!」
「そのスースー感が褌のオススメポイントなの」
「オススメも何もない! 魔法は苦手とか言ってたくせに変な魔法使いやがって……」

 鬼原課長が本当に褌派かどうかを確かめるという口実のもと、アニキに俺以外のターゲットを探してもらう狙いで参加を決めた『仮面褌パーティー』という謎イベントだけど。
 褌なんて今までに一度も締めたことがないうえに、いかにも怪しげなイベントに一人で参加しなければならないなんてどう考えても不安過ぎる。

 やっぱり参加するのは止めよう……と俺が切り出す前に、ゴソゴソと褌の中を探って小さな杖を取り出したアニキが『いちろーのお洋服とぱんつっ! かわいい褌になあれ!』と決めポーズで呪文らしき何かを唱え、あっという間に俺はこの恥ずかしい桃色褌姿になっていたのだった。

 どうやらこの『道行く人を褌姿にする魔法』という何の役にも立たなさそうな魔法は、アニキが唯一得意とするものらしい。

 いかにもムキムキした兄貴が締めていそうな股間を強調した褌ではなく、『越中褌』といって胴をぐるりと囲む細い紐に股下を通した布を通すタイプのこの褌はだらりと垂れた布が股間を隠してくれているので、そういった意味では安心感があるのかもしれないけど、貧弱な身体に薄桃色の褌を締めた俺の姿は違和感があり過ぎて、鏡を見るだけでも落ち着かない。

「とにかく、一回元に戻せよ。俺は店の中をちょっと覗くだけでいいんだから、こんな格好する必要はないだろ」
「うーんとね、元に戻す魔法は忘れちゃったの」
「はっ!? じゃあ、さっき着てたシャツとスーツはどうなるんだよ! 褌に変わっちゃったじゃねーか!」
「いちろー、スーツはいっぱい持ってるけど褌は持ってないからいいかなと思って」
「……」
「えっと、その褌すごく似合う! かわいい!」

 そんな見え透いた褒め言葉で騙されるものか。
 吊るしの安物スーツだけど、この先締める機会があるとも思えない褌に姿を変えてしまったのかと思うと涙が出てきそうだ。

 鏡に映る似合わない褌姿の自分を見つめて呆然とする俺を見て、さすがに悪いと思ったのか、アニキは小さな褌の中から取り出した何かをおずおずと差し出してきた。

「いちろー、おこってる? ごめんね、ごめんね。でも、せっかくだからいちろーに可愛い格好でふんパに参加してもらいたくて……この仮面もね、褌妖精ショッピングで選んで買っておいたの」

 しょんぼりと俯きながら大きな瞳でチラッと俺の様子を窺ってくるちびっこ妖精を見ていると、怒りたくても怒れなくなってしまう。
 ……さっきまで自分の締めている褌の中に保管されていたらしい仮面を被れというのはちょっとどうかと思うけど。

「かちょーさんの褌姿をみたらきっといちろーもドキドキして、かちょーさんのことすっごく好きになるよ! ふんパ、行こうよ」
「実際に課長が今の俺みたいな格好してたら引くと思うし、この格好を課長に見られるのも恥ずかしすぎるし、やっぱ無理」
「えー、大丈夫! かちょーさんはいちろーと違って褌レベルが高いから着こなしもバッチリだし、この仮面を被っちゃえばいちろーだって分からなくなっちゃうもん」
「……褌レベルの低い変な着こなしで悪かったな」
「拗ねちゃだめ!」

 小さな手で頬をぷくっと突かれて、完全に怒る気力が消えうせてしまった俺は、アニキの手から通販で買ったという仮面を受け取った。

 この格好も、仮面褌パーティーという謎イベントも、すべてが不安過ぎるけど。

 会社では見たことのない鬼原課長の素顔には興味があるし、逞しい褌兄貴たちの巣窟に行くことで、アニキが俺と課長をくっつけようとすることを諦めてもっと簡単にくっつきそうな他のターゲットを見つけてくれれば、言うことはない。

「もう勝手に俺の服を褌にするなよ」
「うん! もうしない」

 尻が丸出しになっているかのような通気性のよさに心細さを感じつつ、薄桃色の越中褌の上からジーンズを穿いた俺は、プリッとしたアニキの尻を追って仮面褌パーティーが行われるという謎の褌バー『CLUB F』へと向かったのだった。



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