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○●○


「そ……それって、休日デートのおさそい!?」
「違うっつーの」

 帰宅後、土曜日に鬼原課長の家でパソコンを教えてもらうことになったと報告した途端、アニキはそのまんま予想通りの反応を返してきた。

「だって、かちょーさんのお家に二人っきりなんでしょ? いちろーもオッケーしたんでしょ?」

 柔らかそうな尻をプリプリさせながら飛び回るちびっこ妖精は大きな目をキラキラさせて、大興奮した様子で鼻息を荒くしている。
 課長にパソコンを習うだけだというのに、えらい盛り上がりっぷりだ。

「ねーねー、いちろー。どんなパンツはいていくの?」
「パソコン習うだけなのにパンツは関係ないだろ」
「いつものボクサータイプのやつ? もうちょっと冒険してかわいい褌とか締めてもいいと思う!」
「人の話を聞け!」
「やんっ!」

 鼻息をふんふんさせて俺の周りを飛び回るちびっこを捕まえて薄桃色の尻をツンッと突いてやると、アニキは顔を真っ赤にして尻をおさえ、大人しくなった。

 ぷにぷにの尻は、最近分かったコイツの弱点だ。

「ひどいこと、しないで!」
「お前が人の話を聞かないからだろうが」

 ぷっくりと頬を膨らませて食卓テーブルの上に降りたアニキの前に小皿を置いて、俺は仕事帰りに買ったコンビニ弁当のおかずを分け始めた。

「何回も言うけど俺はゲイじゃないし、鬼原課長がどんなにイイ上司でもどうこうなったりはしないんだって」
「でも、運命の褌は絶対だもん」

 まだ頬を膨らませたまま、やんちゃなちびっこは、小皿に移されたおかずをあっという間にたいらげていく。
 ちんまりとした身体に似合わず、とんでもない大食いっぷりだ。

「何かの間違いってことだってあるだろ。大体、鬼原課長があのおっかない顔でスーツの下に普通に褌を締めてるってのも想像つかないし……まだ信じられないんだよな」
「じゃあ、今度かちょーさんのスーツを脱がせてみたらいいじゃん」
「脱がして、その後どうフォローするんだよ!」

 そんなことをしてしまった後で、鬼原課長が普通の下着を穿いていたらどう反応していいのか分からないし、万が一本当に褌を締めていたとしても、やっぱり反応に困る。
 というか、実際に褌を締めていた場合の方が、気まずいことこの上ないだろう。

「かちょーさんが本当に褌を締めてるって分かったら、運命の褌のことも信じてくれる?」

 クリッとした大きな目で見上げられて、俺は味付けの濃い煮物を口に運びながら少し考えた。

 運命の六尺褌なんていうふざけた話を信じるかどうかはともかく、俺にしか見えないこの白い布を通して今まで知らなかった鬼原課長の意外な一面を見られるようになり、もう少し課長のことを知りたいと思うようになったことだけは確かだ。

「まあ……少しは信じてもいいって、思うかもな」

 だからといって、俺が女の子と付き合う可能性を捨てて危険な薔薇色の世界に進むとは思えないけど。

 コンビニ弁当を頬張りながらの俺の適当な受け答えに、アニキはパアッと笑顔を輝かせて小さな羽根を羽ばたかせた。

「ほんと?」
「少しはってくらいだぞ。何回も言うけど俺ゲイじゃないし」
「えっと、じゃあ、金曜日の夜はココに行ってもいい?」
「金曜日の夜?」

 ココ、というのがどこのことなのか、首を捻る俺の目の前でちびっこ妖精は褌の中に手を突っ込んで、中から取り出したチラシを「じゃーん!」と得意げに掲げた。

「仮面……褌パ? 何だよ、この怪し過ぎるイベント」

 アニキが手にしていたのは、褌バーという俺にはまったく未知の世界で開催される未知のイベントのフライヤーだった。

 そもそも褌姿で酒を飲む意味が分からないのに、何故仮面までつけなければならないのか。
 すべてが謎過ぎる。

「だっていちろー、かちょーさんの褌姿が見たいんでしょ」
「俺がものすごい褌マニアみたいな言い方するな。俺は課長が本当に褌派なのか信じられないって言っただけ!」
「仮面ふんパならいちろーもかちょーさんに気付かれずに遠くからこっそり観察できるし、褌について理解を深めるいいきっかけになると思うの」
「いや、褌について理解を深めたいとは思ってないし」

 そこまで言って、ふと気が付いた。

 褌バーという所に行けば、褌レベルの高い兄貴達がそこら中に溢れているはずだ。
 そうすれば『運命の六尺褌』が誰かと繋がっている褌兄貴にも会えるはずで……。

 わざわざ俺と課長をくっつけようとしなくても、アニキにはそっちで頑張ってもらえばいいじゃないか。

 これは我ながらいい考えだと思った俺は、アニキの手からちびっこいフライヤーを奪い取って決意に拳を固めた。

「――このイベント、行く」
「ほんとっ? じゃあ、じゃあ、いちろーに似合うかわいい褌えらんであげるね!」

 潜入のために褌を締めなきゃならないのは微妙だけど、仮面を被ってしまえば誰だか分からないし、そこはよしとしよう。

 大興奮で飛び回るちびっこ妖精の喜びっぷりを見ながら、俺は、何とかアニキに俺以外のターゲットを見つけてもらおうという作戦に頭をフル稼動させていたのだった。



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