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鬼原課長が意地悪で俺を叱っているんじゃなくて、精鋭揃いの課内でまだまだ未熟な俺が早く周りに追いつけるように敢えて厳しく指導してくれているのは分かっていたはずだ。
それなのに、怖くて苦手だなんて思って……。
アニキだって、鬼原課長に素直にアドバイスを求めた方がいいと言っていたのに。
自分の考えの甘さが、嫌になる。
「ようやく流れ始めたな」
前方の車が少しずつ動き始めたのを見て、課長が安心したようにポツリと呟く。
真っ白な六尺褌は、左手の薬指を温かく包み込んでいた。
口数が少なくていつも怖い顔をしているから分かりづらいけど、本当の鬼原課長は、温かくて優しい人なんだ。
俺のことを好きだとか嫌いだとか、そんなことは関係なしに、上司として部下の力になろうとしてくれている。
「――俺、課長に甘えちゃってもいいですか」
「……」
車を進めながらポツリと呟いた瞬間、二人の間を繋いでいる褌は勢いよく膨れ上がって、課長の激しい動揺っぷりを俺に知らせてくれた。
「周りは皆優秀な人たちばかりなのに何で俺なんかが営業課に配属されたんだろうってずっと不思議で……。自分に自信も持てないし、今までいじけてたんですけど、やっぱりちゃんと仕事がデキる人間になりたいです」
「あ、ああ、そういうことか」
こんなこと、今さら言っても遅いのかもしれないけど、もしまだ間に合うなら今からでも頑張りたい。
あのちびっこ妖精が楽しそうに色々なデータを集めてはテキパキと綺麗に資料を作っていく姿を見て、俺もあんな風に仕事ができたら楽しいだろうなと初めて思ったのだ。
――だけど、仕事のことを教えてもらうなら、ずっと俺を近くで見守ってきてくれた上司を頼るべきだった。
最初からアニキの言うように、パソコンができなくて苦戦していることを鬼原課長に素直に打ち明けるべきだったんだ。
「仕事のこととかパソコンの使い方とか、課長に教えてもらいたいです……って、今さら言ったら怒りますか?」
こんな甘ったれの下っ端課員はいつ見捨てられてもおかしくないのに、今まで温かく見守ってきてもらえただけでもありがたい話だ。
また叱られてしまうかもしれないと思いつつ、チラリと助手席に視線をやると、鬼原課長は珍しく口元に柔らかな笑みを浮かべて俺の顔を見つめていた。
「そんなことで怒る訳がない。部下に頼られて嬉しくない上司なんていないだろう」
「え、じゃあ……課長、今嬉しいんですか?」
「……そう聞かれると返答に困るが」
口数の少ないこの上司は、表情や言動からはあまり本心を見せてくれない。
それでも、端の方からじわじわと薄桃色に染まっていく六尺褌の様子から鬼原課長が照れているらしいことは丸分かりで、何故か俺まで恥ずかしくて顔が熱くなってしまった。
「まずは、休日返上でパソコンの特訓だな」
アニキが聞いたら“休日デートのお誘い?”と大喜びしそうな言葉と同時に、左手の薬指を繋ぐ六尺褌が一気に熱くなる。
「――よろしく、お願いします」
今までだったら鬼上司の鬼発言にしか聞こえなかったはずの言葉がとんでもなく甘く聞こえてしまって、俺は視界に入る六尺褌をなるべく意識しないように運転だけに集中しながら、小さく答えたのだった。
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