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 小悪魔って何だよ、小悪魔って。

 口にこそ出さなかったものの思わずツッコミを入れかかった俺を見上げて、ちびっこ妖精は柔らかそうな頬っぺたをぷくっと膨らませた。

「元気がないんじゃないかとか心配してちょっぴり希望をもたせておきながら、いきなり他の男との同棲宣言なんて……ひどい!」

 ……。
 今の発言にどこから突っ込めばいいんだ、俺は。

 まず、鬼原課長を気遣ったのは単に元気がなくなっている『運命の六尺褌』の様子が気になっただけで、別に課長だってそんなことで何かに希望を持ったりはしていないと思うし、さっきの発言のどこをどう解釈したら『他の男との同棲宣言』になるんだ。

 友達が一時的に部屋を間借りしてたり、長期間泊まりに来てる……くらいのニュアンスで受け取るだろ、普通は。
 っていうか、一緒に住んでる男ってのはお前のことじゃねーか。

「かちょーさんだってあんなこと言ってたけどほんとは、いちろーが仕事のことで自分を頼ってくれたらいいなって思ってるのに」
「……」
「せっかくの立派な六尺褌がこんなにショボショボになっちゃってるの、かわいそう」

 クリッとした大きな目で責めるように見つめられると、何だかものすごく申し訳ない気持ちになってしまうけど。
 この場合は、俺が悪いんだろうか。

 課長席をチラッと確認してみても、鬼原課長は相変わらずの無表情で淡々と仕事をこなしていて、特に傷付いているようには見えない。

 とりあえず椅子に腰を下ろし、アニキが一生懸命何やら操作していたパソコンのディスプレイを覗き込むと、そこには綺麗にレイアウトされた新商品の説明資料が表示されていた。

「えっとね、企画書が通ったら次はマーケティング会社との打ち合わせでしょ。だからこれは、説明用資料のサンプルなの」
「おお……」
「あんまり細かい字ばっかり並べても分かりにくいから詳細データは別にして、写真とか図で新商品のイメージを視覚化してみたよ。これはサンプルだから、本番用はいちろーががんばって作ってね!」

 そう言って小さな手でちびっこいキーボードをカタカタと叩くアニキの首には、ラッピングに使われていたリボンを巻いたピンク色のネクタイ。
 一度結んで以来、アニキはすっかりこのネクタイが気に入ってしまったらしく、毎日出勤前に鏡の前に立ってちまちまとネクタイ結びに没頭しては、こっそりポーズをとってご満悦状態なのだ。

 それより何より、魔法は苦手だからといって初日から怪しげな通販グッズに頼りっぱなしだったアニキのビジネススキルの高さに、俺は驚きっぱなしだった。

 初めて会社について来たその日。
 大興奮で色々な部署を勝手に見て回った後、俺の席に戻ってちまちまとデスク上の資料を弄ったりしながら大体の業務内容を把握したらしいアニキは、家に戻るなり「いちろーは要領が悪い!」と言い出したのである。

 まさかこのちびっこい妖精に仕事のダメ出しをされると思わず、呆然とする俺に「かちょーさんに効率的な仕事の仕方とか、そういうのをきいてみたらいいと思うの」と言い出したちびすけは「それがきっかけで二人に愛がめばえるかもしれないし!」と興奮した様子で鼻息をふんふんさせていたのだが。

 ビビりの俺があの鬼上司に仕事の相談をする度胸なんて持ち合わせているはずもなく、「じゃあ、とりあえず基本的なことだけおしえてあげるね」と、何故か上から目線なちびすけの言葉に甘えて、最近は資料のまとめ方やデータ整理の仕方を教えてもらうようになっていた。

 やんちゃなガキだと思っていたアニキがゴソゴソと褌の中からマウスとキーボードを取り出し、あっという間に見事なプレゼン資料をまとめ上げた時の衝撃は忘れられない。
 本人いわく、褌妖精の世界ではこういったビジネススキルはほとんど役に立たないが「趣味で人間界の本とかを読んで勉強したの」……ということらしい。



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