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 ちびっこ妖精の意外過ぎるスキルに助けられて、最近鬼原課長に叱られることが少なくなったのはいいんだけど。
 俺を呼び付ける回数が減るのに従って、鬼原課長の心を表す“運命の六尺褌”がどんどん元気を失っていくのが、やっぱりほんの少し心配なのだった。

 考えてみたら、優秀な課員揃いの営業一課で、どうしてこの課に配属されたのか不思議なくらい要領の悪い下っ端課員の俺が鬼原課長と話すことなんて元々そんなにないし。
 呼び付けられてビクビクと怯えながらも仕事の仕方を教えてもらうことが少なくなった今は、本当にちょっとした挨拶程度しかしなくなっているのが、寂しいかもしれない。

 返された書類を見直して、アニキが一生懸命作っている資料と比べながら課長席にチラッと視線をやると、鬼原課長が立ち上がってジャケットを羽織っているところだった。

「かちょーさん、お出かけかな」
「……」
「スーツ着てるとこ、何かかっこいいね!」

 確かに。

 ただスーツの上を着るというだけの動作なのに、長身の男前課長がやるとものすごく格好良いというか。
 大人の男のフェロモンを感じてしまうから不思議だ。

 隣の課に入っているバイトの女の子なんて、思わずパソコン入力の手を止めてうっとり見つめちゃってるし。

「『プラザ801』との打ち合わせに行ってくる」
「お疲れさまでーす」
「お気をつけて!」

 先輩達の見送りに軽く頷いて、鬼原課長が俺の後ろを通り過ぎようとした瞬間。

「――鬼原課長」

 俺は思わず、課長に声をかけてしまっていた。

「どうした、田中」
「あの、荷物持ちと運転手役にお供してもいいですか」
「!」

 鬼原課長の男らしい顔に変化はなく、凛々しい眉が一瞬動いただけだったけど、運命の六尺褌は俺の言葉に反応して大きく波打った後、ものすごい勢いでドクドクと鼓動を伝え始めていた。

 課長……。
 こんなに反応されると、俺の方がどうしていいのか分からないんですけど。

「わぁ! いちろー、かちょーさんとドライブデート!? デートのおさそい!?」

 アニキはアニキで、何やらおかしな方向に盛り上がって鼻息をふんふんさせてるし。

「自分の仕事は片付いたのか」

 気の毒なくらい動揺している六尺褌の反応を微塵も感じさせない落ち着いた低い声でそう言われて、俺はさっきからアニキが一生懸命作成している打ち合わせ用資料が表示されたパソコンのディスプレイに視線をやり、頷いた。

「あ、はい! 何とか……。カレスマーケティングとの打ち合わせ前にもう一度売場の確認もしたいと思っていたので、お邪魔じゃなければ店までご一緒させてください」

 手柄の横取りみたいなことしてごめんな、アニキ。
 俺が作ったんじゃないけど、後からちゃんと頑張って自分で作るから。

 ……と、目で合図する俺に、アニキが「いいよ!」と、ばっちりウインクをして見せた。

「えっとね、いちろー。資料をまとめたあとで、ほかの課の情報とかもチェックしたいから、おれは会社に残るね!」

 あれ?
 外回りなんていかにもこのやんちゃ坊主が喜びそうなのに、一緒に来ないのか。

 デスクの上にちんまり座るちびすけを見て首をかしげる俺に、アニキは小さな手をパタパタさせて興奮した様子で「だって」と言い出した。

「おれがいっしょにいたら、せっかくかちょーさんと車の中で二人きりなのにいろいろできないでしょ。かちょーさんの“男の見せ場”だから、応援したいの」

 ……いや、アニキがいてもいなくても、絶対何もしないけど。
 っていうか、男の見せ場って何だ。何をどう見せるんだ。

「おるすばんしてるから、あとは若いお二人でどうぞっ」

 仲人のおばちゃんのようなことを言ってウフフと笑うちびすけにツッコミを入れることもできず立ち尽くす俺の前に社用車の鍵を差し出して、鬼原課長は「行くぞ」と呟き、背中を向けて先に歩き出してしまった。

「あ、課長! ちょっと、待って下さい!……すんません、俺も外回り行ってきます!」
「おー、行ってらっしゃい」
「田中ちゃん、安全運転でね!」

 慌てて靴を履き替え、あたふたとジャケットを羽織って俺も課長の後に続く。

 心なしか歩調を緩めて歩く上司の顔は見えなかったけど、二人の薬指を繋ぐ真っ白な六尺褌はじわじわと熱を増して、何故か胸の奥が少しくすぐったかった。



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