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 思わずそう口にしてしまった俺の前で二人の指を繋ぐ六尺褌がネコのようにブワッと毛を逆立てて膨らみ、白い布越しに課長の鼓動が伝わってくる。
 すごいな、一体どうなってるんだこの褌は……。

 褌は激しい動揺を表すように揺れまくっているのに、鬼原課長は表情をまったく変えず、迫力のある鋭い瞳で俺をじっと見下ろした。

「――別に、何ということもない普通の下着だが」
「そーだよ、ふつーの白い六尺褌だよ! かちょーさんは白ふん派だもん」

 白ふん派とか、聞いてねーよ!
 せっかく課長が“普通の下着”と答えてくれたのに、肩の上で偉そうに胸を張るアニキが台なしにしてしまう。

「そんなことを聞いてどうするつもりだ」

 グラグラと六尺褌を揺らしつつ顔にはまったく動揺の色を浮かべない鬼原課長に聞かれて、俺は深く考えず、咄嗟に浮かんだ言い訳を口にしていた。

「ええと、あの……。課長みたいなカッコイイ大人の男ってどんな下着を穿いてるのかなーって気になったんです! 俺も同じ下着穿いたら、課長みたいになれるかなとか思って」
「……」

 何を言ってるんだろ、俺。
 同じパンツを穿いたくらいで、冴えない下っ端の俺が課長みたいなデキる男前になれるはずがないのに。

 かなり苦しい言い訳に呆れられるかと思いきや、鬼原課長は眉間にシワを寄せた難しい顔で黙ったまま何の反応も返してくれなかった。

「もー、いちろーの小悪魔! 男心をもてあそぶなんてひどい!」

 何故かアニキが、課長の周りをふよふよ飛びながら、柔らかそうな頬っぺたを膨らませて俺を責めてくる。

「かちょーさんは不器用なんだから、いきなりその気があるみたいなこと言ったらダメっ」

 俺がいつ、課長に対してその気がありそうなことを言ったのか。
 それが気にならない訳ではないが、課長が迫力のある男前の顔の下でひそかに動揺しているらしいことは、二人を繋ぐ六尺褌を見れば明らかだった。

 真っ白に輝いていた六尺褌が、課長の薬指に巻き付いた部分からじわじわと染まり“赤褌”へと変わっていく。

「えっとね、かちょーさんがびっくりして照れちゃうと、褌がこうやって赤くなるの」

 あの鬼原課長が、びっくりして照れた?
 もしかして、俺が……ついうっかり“カッコイイ”って言ったから、とか?

「あーあ、真っ赤になっちゃった」

 アニキがちびっこい手でツンツンと突いた褌は色が変わると同時にじんわりと熱くなり、無表情な鬼原課長の鼓動が布を通して伝わってくる。

「田中」
「はい!」

 顔色ひとつ変えず、赤く染まった褌だけをグラグラと揺らしながら、鬼原課長は厳しい上司の顔で俺を見下ろして口を開いた。

「俺の下着が何か考える暇があったら、自分の仕事を見直す癖をつけろ」
「は、はい」
「お前はやればできるのに、やる気を出し惜しみし過ぎだ」
「……申し訳ありません」

 叱られてしまった……と、俺がうなだれるのと同時に、課長の胸の痛みを伝えるように六尺褌が指をキュッと締め付ける。

「別に、叱って怖がらせたい訳じゃない。仕事のことは……俺に聞きにくければ他の課員にでも聞いて、自分なりにミスを減らす方法を考えるんだな」
「はい」

 左手の薬指を締め付ける六尺褌の痛みで、初めて気が付いた。

 叱られる俺よりも、課長の方が辛そうだ。

「運命の六尺褌、また元気がなくなっちゃったね」

 私用電話のために屋上に上がってきたと言っていた割に、電話をかけようとすることもなく階段を降りて行ってしまった課長の背中を見送って。
 課長の薬指へと続く六尺褌がションボリとうなだれているのを、俺とアニキはしばらく黙って見つめていたのだった。




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