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 ぷにぷにしたちびっこの身体を揺すって懲らしめてやっている俺の耳に、屋上へと続く階段から誰かの足音が聞こえてきた。

「ヤバい、誰か上がってくる」

 今の声が聞こえていたら、俺がデカい声で独り言を呟いていたと思われるじゃねーか。

「わぁんっ、ふらふらするよー」

 柔らかい身体からパッと手を離した瞬間、目を回したらしいアニキはフラフラと頼りなげに宙をさまよって……。
 階段を上がって屋上にやってきた意外な人物の肩にポテッと着地したのだった。

「田中……?」
「――か、課長!」

 何故こんなところに、このタイミングで……という気がしないでもない。

 ドアの前に立っていたのは昼メシの間ずっと話題に上っていた鬼原課長で、俺が名前を呼んだ瞬間、二人の左手の薬指を結び付けている見えない六尺褌が、驚いたときの猫の尻尾のように太く膨らんだ。

「こんな所で何をしている」

 普段だったら尋問口調のこの一言だけで謝ってしまいたくなるのに、妙に迫力のある男前の課長の肩に、ちびっこ妖精がちょこんと腰掛けているギャップが何だかおかしくて、課長の恐ろしさよりもそっちに気を取られてしまう。

「ええと、天気が良かったんで屋上でメシを食おうと思って」
「この寒い日にか。率先して風邪を引きたがっているとしか思えんな」
「はは、そういう訳じゃないんですけど……すんません」

 確かに、いくら良い天気だからといって季節は冬の一歩手前。
 喫煙組だって滅多に屋上に上がらなくなったこの時期に、わざわざ弁当を食いに上がってくる馬鹿もいないだろう。

 我ながら苦しい言い訳に笑うしかない俺の視界の隅で、アニキがまた小さな褌の中をゴソゴソと探り、虫眼鏡らしき物を取り出していた。

 だから、どうして褌の中に物をしまうんだお前は。
 っていうか、何回突っ込んでも突っ込みたりないけど、収納力凄すぎだろその褌。

「あの、鬼原課長はどうして屋上に?」

 そういえば、滅多に人が上がらなくなった寒い屋上に、課長は何の用事があって来たんだろう。
 疑問に思って尋ねると、白い六尺褌がもう一度ブワッと太くなった。

 課長の顔は相変わらずのポーカーフェイスなのに、褌の方は太くなったり光ったりと、結構忙しく状態を変えている。

「俺は、私用の電話をかけようと思っただけだ」
「あ、じゃあ俺、下に戻ります」
「別に急ぎの用事じゃない。お前はまだ休憩時間だろう、風邪を引かん程度に休んでいろ」
「はぁ」

 俺に気を遣ってくれているのか、何なのか。
 この鬼上司の考えていることはよく分からない。

 気まずい沈黙に居心地の悪さを感じる俺を他所に、アニキは鬼原課長の肩にちんまりと座ったまま、褌の中から取り出した虫眼鏡で課長の顔を覗いてふんふんと頷いていた。

「かちょーさんは、いちろーがお昼休みに入ってすぐいなくなっちゃったから、さっききびしく怒りすぎたかなって心配になっていちろーをさがしていたんだよ」
「……」
「だって、顔にかいてあるもん」

 いやいや、書いてないし。
 鬼原課長はそういうキャラじゃないし。

「何だ、俺の顔に何かついているのか」
「いえっ!」

 肩に乗っかったアニキと課長の顔をガン見し過ぎた俺をさすがに不審に感じたのか、鬼原課長が眉を寄せて不思議そうに俺を見る。

 顔には何もついていないんですけど、肩にちびっこい変なモノが乗っています……なんて言えるはずもなく。
 俺は慌てて課長から目を逸らし、そしてもう一度、アニキをチラ見した。

「かちょーさん、すっごくいい男だよねー。いちろーのこと心配してくれてるし、かっこいいし」

 ちびっこ妖精は、鬼原課長の肩の上がすっかり気に入ったらしく、ゴロゴロと寝そべってのんびりくつろいでいる。

 鬼原課長が格好良いことは、悔しいけど認めない訳にはいかなかった。

 切れ長の鋭い瞳と、特に手入れなんてしていないだろうにスラリと直線的に整った眉は野性的な雄っぽさを醸し出していて、課長のストイックな性格とのギャップに堪らない魅力を感じるという女子社員は多い。

 俺も、野性と知性が絶妙なバランスで大人の男の色気を感じさせる鬼原課長のような男に憧れはするけど……。
 同じ男である課長に恋しちゃったりは絶対しないし、それ以前に俺はこの鬼上司が怖いのだ。

 だから、突然現れた妖精に運命の六尺褌なんて言われても信じられなくて。
 気まずい沈黙に頼りなく揺れる六尺褌をぼんやりと眺めながら、俺はつい、課長の顔を見上げて変なことを口走ってしまった。

「鬼原課長」
「ああ?」
「――今、どんなパンツ穿いてますか」
「っ!?」



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