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自分のデスクに戻ってパソコンを立ち上げながらもう一度鬼原課長をチラ見すると、ションボリと緩んでいた六尺褌はいつの間にか元通りにピンと張り詰め、課長は相変わらずの怖い無表情で仕事に集中していた。
「さすがっ。デキる兄貴はきりかえが早いんだね」
ピンク色のネクタイがよっぽど嬉しいのか、ディスプレイに映る自分の姿をチェックしてちまちまとポーズをとりながら、アニキが感心したように頷く。
「いちろーも負けないようにがんばろ!」
いや。負けるとか、負けないとか、別にそういう問題じゃないんだけど……。
いつもなら叱られた後はひたすら落ち込んで鬼原課長に怯えていたはずなのに、今は何故か“頑張ってちゃんとした書類を出そう!”というやる気だけが沸き上がっていた。
左手の薬指に巻かれた六尺褌がじんわり温かくなって、見守られているような感覚がくすぐったい。
運命の六尺褌だなんて訳の分からない話はともかく、ただ厳しいだけだと思っていた鬼原課長が上司として俺を気にかけてくれているかもしれないことは……信じてもいいかも。
でもやっぱり怖いけど。
「よし、やるか」
「うん。いちろー、ふぁいと!」
大きな瞳を輝かせて鼻息をふんふんさせるちびっこ妖精のおデコを指先で軽く突いて、俺は書類の訂正に取り掛かった。
○●○
「――っていうか、違うだろコレは!」
「えー、何がちがうの?」
昼休み。
誰もいない寒々とした屋上で冷え冷えのコンビニ弁当を食べながら、俺はちびっこ妖精と“運命の六尺褌”についての考察を行っていた。
「オニハラ課長が俺とどうこうなるってのは、絶対ないって」
「あのひと、おにはら課長っていうんだ」
「いや、キハラだけど。おっかないから俺が勝手にオニハラって呼んでるだけで」
「かげぐち、よくない!」
「……」
こだわって欲しいところはそこじゃない。
「そもそも課長が褌を締めてる姿なんて想像できないし」
「でも締めてるよ」
確かに、課長は何をやっているのか相当鍛えられていそうな屈強な身体つきをしているし、顔立ちも……迫力があって怖いけどキリッと精悍な男前だから、外見だけでいえば褌も似合いそうだ。
でも、あの堅物の鬼課長が褌だなんて、キャラ的に合わないだろう。
何を血迷ったら課長が褌を締める気になるのか、やっぱり想像できない。
「何かの間違いじゃないのかよ。褌兄貴を見分ける道具が通販で買ったアイテムってのも……あぁっ!」
「なぁに?」
コクッと首を傾げるちびっこをつまんで、俺はその小さな身体をユサユサと揺さぶった。
「やんっ、やんっ! やめてー! 目がまわるよー」
「お、お前……姿は『ミエナック・ナール』とやらで見えないとして、声はどうなってるんだよ!?」
もしかして、声だけは普通に周りに聞こえていて、俺が痛々しい腹話術か何かをやっていると思われたりしてるんじゃないだろうな。
「大丈夫だもん。セット販売でお得だった『キコエナック・ナール』もちゃんと飲んだもん」
「じゃあ何で俺には声が聞こえるんだよ」
「いちろーのコーヒーに『ヨク・ミエール』と一緒に『キコエール』も入れておいたの」
「変なモン勝手に飲ますなよ!」
「やんっ、ゆさぶっちゃヤーっ」
怪しげな通販で買ったという妙なクスリを二種類も飲まされて、身体を壊したらどうしてくれるんだ。
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