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 これはもう、何かの間違いとしか言いようがなかった。

 ストイックを絵に描いたような堅物の鬼原課長が、あのカッチリと隙なく着こなしたスーツの下に褌を締めているというのも想像できないし、何より褌兄貴の運命の恋人と繋がっているという“運命の六尺褌”が、俺の左手の薬指に巻き付いているのも絶対におかしい。
 そもそも、鬼原課長が俺に好意といえるような感情を抱いている可能性はゼロだ。

「すっごい男前の褌兄貴! カッコイイひとがお相手でよかったね、いちろー」

 全然良くないっての。
 鬼原課長が男前の部類に入るのは認めるけど、だからといって課長が俺の運命の相手でも全然嬉しくはない。

 興奮してぷよぷよと俺の周りを飛び回るアニキをひと睨みして、俺は課長へと伸びる真っ白な六尺褌を気にしながらデスクへと向かった。

「おはようございまーす」
「おう、田中ちゃん! オハヨ」
「おはよー田中君」

 課の先輩たちが挨拶を返してくれるなか、眉間にシワを寄せて険しい表情で書類を睨みつけている鬼原課長の顔をチラ見した瞬間、課長がふと顔を上げて、思い切り目が合ってしまう。

 鋭い瞳に睨まれた……と思ったその時、俺と課長を繋ぐ六尺褌が一瞬輝きを強くした。

「田中、ちょっと来い」
「はははいっ!」

 地を這う重低音のハスキーボイスに、条件反射で背が伸びる。
 今日は一体、何を叱られるんだろう。

 ビビりつつも覚悟を決める俺の肩にちんまりと腰掛けて、アニキはご機嫌で“運命の六尺褌”の解説をし始めた。

「いまね、六尺褌が光ったでしょ。これはね、あのお相手のひとがドキッとしたからなの」
「……」

 いやいや。鬼原課長がドキッとするとか、絶対ないから。
 むしろ、名前を呼ばれた瞬間俺の心臓が止まりそうになる。

「お、おはようございます」
「ああ」

 露骨にビクビクしながら課長席の前に立つと、鬼原課長はため息をついて、手にした書類を俺の目の前に突き出してきた。

「昨日出してもらったカレスマーケティングへの資料だが、写真が全然別の商品のものになっていたぞ」
「あっ! 申し訳ありません。参考にした前の資料のままで……差し替えを忘れました」
「確認すれば防げるミスだろう。もっとしっかりチェックしろ」
「はい……申し訳ありません」
「すぐに直して出してくれ」
「はいっ」

 ああ……朝からやらかしてしまった。

 そんなに激しく怒られた訳じゃないけど、突き刺さる鋭い視線が痛い。
 書類を突き返されてトボトボと自分のデスクに戻る俺の左手からは、力を失って弛んだ六尺褌がぶら下がっていた。

「あー、六尺褌がしょんぼりしちゃってる。これは、いちろーに嫌われちゃったかも……って、あのひとが落ち込んでるからなんだよ」

 ないない。
 絶対ない。



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