12
雪矢の突然の提案に動揺していた割には、その後の佐竹の行動は早かった。
海沿いの集落跡地へと続く今はもう使われていない細い道を進んで、うっそうとした茂みの中で車を停める一連の流れには何の迷いもなく、その行動の迅速さが雪矢の胸の奥に小さな嫉妬の棘を突き刺す。
「やっぱりちゃんと抑えているんですね、穴場ポイント」
「貸した金を取りっぱぐれねえためには、追い込まれた人間が逃げ込みそうな場所は常に把握しておく必要があるだけだ」
「……」
「おい、何だその生温い目は。念のために言っておくが、道があることは知っていてもここに車を停めたのは今日が初めてだし、俺は別に熱狂的なカーセックス好きって訳じゃねえからな」
「そうなんですか?」
「いや、せっかくお前がその気になってるならこの機会にってのは本心だが、それは相手がお前だからであって、場所はどこでも……。まあ、たまに外でってのも悪くはないが」
相手が誰であっても貸した金はきっちり取り立てる手腕から、本職のヤクザにも恐れられているトイチの金貸しが、恋人の拗ねた顔にはとことん弱いらしい。
必死になって雪矢のご機嫌を直そうと、続ける言葉を考えている恋人が可愛く思えて、雪矢はシートベルトを外すと、運転席へと身を乗り出して佐竹の唇に自分の唇を押し付けた。
「!」
微かに触れて離れるだけのキスに、佐竹が男らしい眉を跳ね上げて鋭い目を見開く。
「どうやってヤるんですか? 車の中は初めてなので、教えて下さい」
何だかんだと言いながらも、佐竹がこのシチュエーションに興奮しつつあることを考えると、車の中でのプレイは決して嫌いではないのだろう。
だったら、今までの経験をすべて忘れるほどの快感に、この男を酔わせてやりたい。
雄の闘争心に火がついた雪矢は、佐竹のシャツに手をかけ、子猫が悪戯をするようにじゃれついて一つずつボタンを外し始めた。
「雪矢」
「ベッドの上より動きづらそうですね。ちゃんとできるかな……」
男を煽る悪戯な仕草は、先輩スタッフである副店長三上からの直伝だ。
色事には何の興味もなさそうに見える伍代が、三上にからかわれる度に厳つい極道顔に微かな動揺の色を浮かべて固まっている姿を何度か見かけたことがある。
あの色気には敵わないものの、雪矢の精一杯の誘惑は佐竹には効果絶大だったようだ。
「どこでこんなイタズラを覚えたんだ」
「ナイショです」
低い声を僅かに上擦らせた佐竹の問いかけを流して、雪矢はほっそりとした白い指でシャツのボタンを外し続ける。
「――クソッ、あの店にいるとお前は余計なことばかり覚えるな」
忌々しげな口調から、佐竹が雪矢の拙いテクニックのお手本を察している様子が伝わってきたが、雪矢は気にせず、もう一度恋人の唇に自分の唇を重ねて甘いキスをねだった。
「ん……」
口の中に熱い舌を差し込まれただけで、全身にじわじわと快感が広がって、力が抜けていく。
優しいキスに酔いながら、そろそろと佐竹の股間に手を伸ばすと、その部分は既に十分すぎるほど力を持って逞しく勃ち上がっているのが分かった。
「直に触っても、いいですか」
「お前のモノだ。好きにしろ」
日が暮れて空が暗くなっているとはいえ、まだ周囲から車の中の様子が分かる程度には明るい。
時折カラスの鳴き声が響き、茂みの向こう側の道を車が走っているという状況下で淫猥な行為をすることに雪矢は緊張していたが、佐竹の雄は緊張するどころか、堂々と勃起してスラックスの下で熱く脈打っていた。
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