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 夕暮れから夜の色へと変わりつつある空と海を背景に、車は再び昼に通った道を走り、街へと向かっていた。

「疲れたか?」

 優しい声で問いかけられて、雪矢は首を振って運転席の恋人に微笑む。

「いいえ。佐竹さんこそ、ずっと運転していて疲れませんか」
「ジジイ扱いするな。この程度で疲れたりしねえよ」

 せっかくの休暇なのでどこかに泊まって帰ってもいいかもしれない、と、出発前にはぼんやり考えていた雪矢だったが、父と弟たちに会って幸せな時間を過ごした後で“帰りたい”と自然に頭に浮かんだのは、佐竹の住むマンションだった。

 ずっと胸の奥にくすぶったものを抱えながらも、会いに行くことができなかった父の店を訪れることができたのは、佐竹のお陰だ。
 雪矢との関係を完全に認めてくれた訳ではなさそうだが、すっかり父と弟たちに気に入られて、長く通う常連客のように『この葉』に馴染んでいる佐竹の姿を見て、今すぐ二人きりになれる場所へ帰って、逞しいその胸に飛び込んでしまいたい衝動が雪矢の中に湧き上がってきたのだった。

「いい土産をもらってよかったな」
「ええ、いい香りですね」

 車の中には、香ばしい豆の香りが満ちている。

 帰り際、父は雪矢のために焙煎したての豆を用意して持たせてくれたのだった。

 この豆があればいつでも『この葉』のオリジナルブレンドを飲むことができる。

『いつでも帰って来なさい。ここはお前の実家なんだから』
『絶対また帰って来いよ、兄ちゃん! 母ちゃんもユキヤ兄ちゃんに会ったら喜ぶよ』
『母ちゃん可愛い男の子が好きだから、絶対喜ぶ。間違いない』
『佐竹さんも、また雪矢を連れて来て下さい。貴方と一緒の方が、雪矢も帰ってきやすいみたいですからね』
『外のヤクザっぽい車、今度俺も乗りたい』
『ていうか、帰りの車の中で兄ちゃんに変なコトしたら承知しないからな、ヤクザ!』

 温かく雪矢と佐竹を見送ってくれた父と弟たちの笑顔に、雪矢は、遠かった実家が一気に近いものになったような気がした。

 多分これからは悩んだりせず、佐竹と一緒に『この葉』のコーヒーを飲みに行ける。

 生まれ育った小さな田舎町と、ずっと思い出の中にある大好きな父の店は大切な故郷だが、今は雪矢の帰る場所ではなかった。

 佐竹と一緒にいられるところ。
 佐竹がいるところ。

 いつの間にか、それが今の雪矢にとってどこよりも落ち着く“帰る場所”になっていたのだと、改めて感じつつ、雪矢は運転席の恋人の横顔をちらりと盗み見た。

「佐竹さん」
「ん?」
「どこかに車を止めませんか」

 雪矢の申し出に走るスピードを緩めて、佐竹がちらりと助手席に視線を返してきた。

「ああ……この辺ならそろそろ星が見えるかもしれねえな。少し休んでいくか」

 長時間運転を続ける佐竹を気遣っての申し出と思ったのか、見晴らしのよさそうな停車ポイントを探す佐竹に、雪矢は首を振って答えた。

「そうじゃなくてですね、ええと……あの」
「どうした?」
「俺、佐竹さんと、カーセックスしたいです」
「っ!」

 特に何もない直線道路で、それまでスムーズな走行を続けていた車が突然ふらつき、速度を落とす。

「大丈夫ですか!?」
「全然大丈夫じゃねえよ。運転中に驚かせるな」

 何とか心の平静を取り戻したらしく、今まで以上に慎重に車を走らせる佐竹の隣で、雪矢は口をとがらせて小さく反論した。

「だって、今言わないと、それらしき場所を通り過ぎちゃうじゃないですか」
「何だ、そのそれらしき場所ってのは」
「カーセックスするのによさそうな場所ですよ。……佐竹さん、そういうのにすごく詳しそうですもんね」
「人をカーセックスマニアみたいに言うな」




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