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父に佐竹を大切な人として紹介したかった雪矢だが、まだ中学生の弟たちにそんな恥ずかしい大人の事情を知られてしまってはいたたまれない。
真っ赤になって俯く雪矢の背中をポンと叩いて、笑顔の父は昔と同じく、雪矢の目の前で宝物の箱を開けるように、コーヒー豆の入った缶の蓋を開けた。
「いい、豆だね」
「昔からずっと変わらない豆だよ」
幼い頃はただ好きだったピカピカに光るいい香りの豆も、今はその状態の良さがしっかりと分かる。
小さな町で、父がずっとこの店を大切に守ってきたことにじんわりと熱いものを感じて目を潤ませ、雪矢はそっと豆をすくい取った。
「父さんみたいに美味しく淹れられなくても、がっかりしないでね」
「都会のカフェ激戦区で腕を磨いている息子にコーヒーを淹れるのは、私も緊張するなあ」
賑やかだった坊主頭の双子も、佐竹も、親子の久々の会話には入ってこない。
豆を挽くミルの音と湯が沸きあがる音だけが響く心地よい店で、雪矢は幼い頃に「危ないから、雪矢はまだ触っちゃ駄目だよ」と言われていたホーローのケトルを手にして、静かに湯を注ぎ始めた。
父と並んでカウンターに立ち、コーヒーを淹れる。
小さい頃からの夢がこんな形で実現するなんて、佐竹と出会う前には考えられなかったことだ。
「エロい目で雪矢兄ちゃんを見るなよ、オッサン」
「ていうか、ヤクザじゃなかったら仕事何やってんの、オッサン」
「……簡単に言えば金貸しだな」
「えー、やっぱヤクザじゃん!」
「見たまんまのワルじゃん!」
「馬鹿言え。街に出れば俺なんて善良な人間の部類だぞ」
「嘘だ!」
「それは絶対嘘!」
ふっくらと盛り上がって宙に香りを放ち始めた豆たちに頬を緩め、何やらまだ非難めいた言葉を投げかけられながらもいつの間にかすっかり双子の弟たちと打ち解けた様子の佐竹を見つめると、優しい恋人は雪矢にだけ分かるように、甘い視線を返してきた。
「はい、お待たせしました」
「おお〜! すっげえイイ匂い」
「コーヒー淹れてるときの雪矢兄ちゃん、格好いい。何かこの店が急にお洒落なカフェっぽくなった気がするな」
興奮した様子で目の前に置かれたカップに鼻を近付けてふんふんと香りを嗅ぐ双子が、子犬のようで可愛い。
身体は大きくてもまだまだやんちゃな坊主頭の双子は、雪矢の淹れたコーヒーを大切そうにひと口味わい、キラキラと光る目を大きくしてパッと顔を上げた。
「うまっ!」
「うまい! へー、コーヒーってこんな味なんだ!」
どうやら、雪矢のドリップはとりあえず弟たちに合格点をもらえたらしい。
「“コーヒーは苦いからいらない”なんて言って私の淹れたコーヒーは飲んでくれないくせに。ゲンキンだなあ、お前たちは」
「だって、雪矢兄ちゃんのコーヒー、ホントに美味いんだもん」
「イイ匂いするし、これなら俺も牛乳とか砂糖とか入れないで飲めるよ」
同じコーヒー豆を使っているのだからよほどの失敗がない限り店で出すコーヒーとそんなに味に差は出ないはずなのに、雪矢のコーヒーを褒めちぎる双子に笑ってため息をついた父は、自分の淹れていたコーヒーを手際よくサーバーからカップに移し、佐竹の前にそっと差し出した。
無骨でありながらも手作りの温もりを感じさせる焼き物のコーヒーカップは、趣味で陶芸をしていた雪矢の祖父が開店祝いに作ってくれたもので、父の一番のお気に入りだ。
「お待たせいたしました。どうぞ、サタケさん」
「――ありがとうございます」
あんな紹介をされた後で雪矢の父の淹れるコーヒーを飲むのはさすがに緊張するらしく、佐竹は顔を引き締めて深々と頭を下げる。
いかにもヤクザ風の男が緊張している様子がおかしいのか、ふんわりと柔らかく笑って、雪矢の父は雪矢にもコーヒーの入ったカップを差し出した。
「ありがとう」
「それじゃ、私も雪矢のコーヒーをいただこうかな」
「うん。何だか……緊張するね」
優しい香りに包まれた店内で、三人の大人が同時にコーヒーカップを口に運ぶ。
一瞬の間の後で、静かな空間にこぼれたのは、雪矢の満ち足りた吐息と呟きだった。
「おいしい……」
ずっと、記憶の中にあった味と、同じ味だ。
子供の頃には分からなかった深い香りもコクも、ほんのり舌に残る優しい苦みも、今なら楽しむことができる。
「似ているな」
続けて佐竹がポツリと呟いた言葉に、雪矢が首を傾げた。
「優しいが、しっかりと芯がある味だ。お前の淹れる味に、少し似ている」
「そ、そうですか?」
父の淹れるコーヒーは雪矢にとって目標の味なので、似ていると言われると嬉しくなってしまう。
自分のコーヒーは、父に及第点をもらえたのだろうか。
不安げな面持ちで隣に視線をやって、雪矢は驚いた。
佐竹も、双子の弟たちも驚いた表情で、雪矢の父を見つめている。
「と……父さん?」
雪矢の父は、コーヒーカップを大切そうに手に持ったまま静かに涙を零し、その頬を濡らしていたのだった。
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