8
予想していなかった雪矢の行動に固まっていた佐竹は、ものすごい剣幕で詰め寄る双子の坊主頭を見下ろして、ようやく口を開いた。
「――縛ったりは、していない」
「何でそこだけしか否定しねーんだよ!」
「他は……や、ヤッちゃったのかよ」
「……」
「うわ、そこで黙んなよヤクザぁああ!」
「嘘だ……俺らの雪矢兄ちゃんが……!」
結果的に雪矢も佐竹に惹かれ、今の関係に落ち着いたとはいえ、二人の関係が変わったきっかけは双子の弟たちの突っ込みとそれほど違いがないため、上手くフォローを入れられないところが雪矢としても心苦しい。
佐竹に殴り掛かりかねない勢いの双子を諌めたのは、雪矢の衝撃の告白にもすぐに落ち着きを取り戻した父だった。
「二人とも、やめなさい」
「だって、父ちゃん!」
「こんなヤクザに兄ちゃんを無理矢理盗られて黙ってられねーじゃんか!」
「失礼なことを言うんじゃない。雪矢が大切な人だと言って連れて来た、大切なお客さんじゃないか」
「でも……」
口を尖らせながらも、父の言葉には逆らえないらしい。
大人しくなった双子を交互に見比べて軽くため息をついた後、父は雪矢に柔らかい笑顔を向け、手招きしてみせた。
「おいで、雪矢」
「――え?」
幼い頃、自分も父の手伝いをしてコーヒーを入れたいと駄々をこねた雪矢をキッチンに入れてくれた、あの時の父の姿が今の情景に重なって見える。
雪矢の父は、佐竹との関係については何も言わず、ただあの時と同じように優しく笑って雪矢を呼んだ。
「佐竹さんとお前のコーヒーは私が淹れるから。私のコーヒーを淹れてくれないかい?」
「俺が、父さんに……コーヒーを?」
その言葉に、双子たちが元気よく反応してカウンター席に腰掛けた。
「父ちゃんだけずるい!」
「雪矢兄ちゃん、俺らの分も」
大好きだった父親に再婚後子供が生まれ、新しい家庭で幸せに過ごしているのだと聞いたときには寂しくて自分の居場所を失ってしまったような気がしていたが、初めて会ったのに自分を“兄ちゃん”と呼んでくれる双子の弟たちを見ていると、ずっと心の片隅に残っていた小さな傷が消えてなくなっていくような気がする。
目が合った瞬間、佐竹が微かに頷いてくれたことに勇気付けられて、雪矢は十数年ぶりに懐かしいカウンターの向こうのキッチンへと足を踏み入れた。
「何だか……変わらないね」
「ずっと昔から変わらずにそのままだよ、ここは」
豆の入った缶も、ホーローのケトルも。
あの頃と変わらないはずなのに、昔と景色が違って見えるのは、雪矢の背が高くなったからなのだろう。
幼かった頃には何だかよく分からない宝物のように見えていたサーバーやドリッパーも、今では手によく馴染んだ道具の一つになっている。
「あ……」
しみじみとキッチンを見渡していた雪矢は、その片隅に飾られた写真に気付いて、思わず声を零した。
「ああ、あの写真は……ずっと、飾っているんだよ」
それは、幼い雪矢がコーヒー豆の入った缶を大切そうに抱えて満面の笑みを浮かべている写真だった。
撮られたのは小学校に上がる前くらいなのかもしれないが、いつの写真なのかは雪矢の記憶には残っていない。
「――可愛いですね」
写真の中で笑う幼い頃の雪矢に、佐竹が口元を緩めて呟いた瞬間、静かになっていた双子が再び賑やかになった。
「お前が言うなっつーの、エロヤクザ!」
「俺ら昔っからあの写真見て、雪矢兄ちゃんってこの町の女の子より普通に可愛いんだって思って……会えるの楽しみにしてたのに!」
「会ったら実際すげえ可愛くてテンション上がってたのに!」
「都会のエロヤクザに騙されてあんなことやこんなことをされちゃったなんて……」
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