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 木の温もりを感じる素朴な内装の店内に足を踏み入れた佐竹は、カウンター席の前に立って興味深そうに小さなテーブルやキッチンを見回したまま、なかなか座ろうとはしなかった。

 雪矢の大切な思い出が詰まったこの店がどこか『KARES』に似ていることに気付いたのか、何かを納得したように頷く佐竹の隣では、坊主頭の二人が壁を作って雪矢を守るように立っている。

「好きな所に座りなさい。今、コーヒーを淹れるから」

 三人の息子達とヤクザ顔の風変わりな客の様子に柔らかな笑顔を浮かべた父がキッチンに入るのを見て、雪矢は思い切って口を開いた。

「あのね、父さん。俺……今、カフェで働いてるんだ」

 ここに来るまでは不安とためらいばかりが大きくて、ただ遠くから店を見ることができればそれで十分だと思っていたし、もう一度父の淹れるコーヒーを飲むことができたら何もいう事がないほど幸せだと思っていたのに、今は長年離れていた実家に帰ってきたときのように心が落ち着いている。

 カフェで働いている、という言葉を聞いた瞬間、雪矢の父はコーヒー豆を選ぶ手を止めて顔を上げた。

「カフェで?」
「うん。『KARES』っていうお店でね、俺はまだまだ新米だから父さんの味には遠いんだけど、何とか店長のお許しをもらってお店でコーヒーも出せるようになって……。佐竹さんは『KARES』のお客さまで、初めて俺のコーヒーを美味しいって言ってくれた人なんだよ」

 そこで一呼吸置いて、双子の壁の向こうで意外そうに自分を見つめる恋人の瞳を見つめ返し、もう一度カウンターの向こうの父親に顔を向ける。

「俺の、一番大切な人だから……父さんの美味しいコーヒーを飲んでもらいたくて、一緒に来たんだ」

 男同士のカップルなんて見たことも聞いたこともないような小さな田舎町暮らしの父には、雪矢の告白は衝撃的なもので理解してもらうことはできないかもしれない。

 それでも、自分がこの先ずっと一緒に生きていこうと決めた人を父に紹介したくて、雪矢は敢えて佐竹との関係をごまかさず、正直に告げた。

 コーヒーの香りに包まれた静かな店内で、雪矢の告白に一番驚いたのは、目を大きく見開いた父でも声にならない悲鳴を上げた双子の弟達でもなく、普段はキリッと引き締まった唇を珍しく半開きにしたまま固まった佐竹だった。

「雪矢の……一番大切な、人?」
「ええっ! 嘘だろ、雪矢兄ちゃん! 何でこんなヤクザと!?」
「それ、都会のジョークっしょ」

 金縛りが解けたようにそれぞれ好きなことを口にする父と双子の弟達の視線を痛いほど感じながらも、佐竹は微動だにせず固まっている。

 ずっと『この葉』に帰りたいと思っていながらも一人では勇気が出ないという雪矢のために、旅行を口実に付き添ってきただけのつもりが、まさかこんな風に父親に紹介される展開になるとは思ってもいなかったのだろう。

 厳ついヤクザ顔を固まらせるトイチの金貸しに、怖いもの知らずの双子はものすごい勢いで詰め寄っていた。

「嘘だ! 俺は信じねえぞ!」
「さてはアンタ、雪矢兄ちゃんの弱みか何かを握ってるんだろ」
「はっ、そうだ! 俺漫画で読んだことあるし! すげえ悪そうなエロヤクザが“このことを家族に知られたくなかったら俺のオンナになりな”みたいなこと言ってんの」
「田舎出身で純情な雪矢兄ちゃんを甘い言葉で騙して手篭めに……!」
「そんで、縛ったりとかして嫌がる雪矢兄ちゃんに無理矢理あんなコトとかこんなコトを……!」
「都会怖え!」



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