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「普通に会社勤めしてたんじゃいつまで経ってもカフェの開店資金が貯まらないってぼやいてた時に偶然再会して、それ以来の付き合いね」
「じゃあ、お金を貸してくれるのは店長が後輩だからですか」
「高校時代は同じ部活で可愛がってもらってたからね〜。最初は投資してやるなんて言ってたんだけど、アタシは割と回収が堅い常連客だし。今はお互い持ちつもたれつって感じじゃない?」
「そうだったんですか……」

 佐竹と高田が、同じ部活の先輩後輩。

 まだ信じられないその事実を脳内で反すうしながら、雪矢は自分の淹れるコーヒー目当てに通う男の極道顔を思い浮かべていた。

「確かに闇金は褒められた仕事じゃないけど、佐竹さんなりの事情があってのことだし。昔から根は優しい先輩なのよ。嫌わないであげて」

 顎ヒゲの生えた男にオネエ口調で縋るように言われると、何故か嫌とは言えない気持ちになってしまう。

「ヤクザは嫌いですけど、佐竹さんはお客様ですし……店長の先輩じゃ嫌いにはなれませんね」

 実際、裏で危険な稼業に手を出していると聞いても、佐竹を心底軽蔑するようなことはできなかった。

 この店に通ってくれる限り佐竹は一人の客で、雪矢に危害を加えるようなことはない。
 そして雪矢が客に対してできることは、居心地のよい空間を作り出すことと、美味しいコーヒーを提供することなのだ。

「あ、でも、好きになっちゃ駄目よ! いい人だけど、昔から気に入ったら男でも女でも見境無しに食い散らすとんでもない野獣だから。ユキヤちゃんの可愛いお尻なんてあっという間に食べられちゃうわ!」
「俺、そっちの趣味はないから大丈夫です」
「ユキヤちゃんに趣味がなくても佐竹さんにはあるのよ!」

 何やら話が怪しげな方向に傾きかけたところで、セットしているアラームが開店五分前を知らせ、雪矢はコーヒーを飲み干し「ご馳走さまでした」と礼を言って立ち上がった。

「そういえば、店長」

 店頭に出すためにイーゼルを持ち上げ、ドアを開けながら、ふと気になった疑問を口に出す。

「部活って、何をやっていたんですか」

 学生時代とはいえ極道オーラ全開の佐竹が部活動に打ち込む姿は想像しにくい。
 ましてや、見るからに文化系の部活に入っていそうなヒョロ長体型の高田と同じ部活に所属していたと言われると、ますます何の部活だか気になってしまう。

 二人分のコーヒーカップを洗いながら、高田はしばらく考え、「絶対にアタシから聞いたって佐竹さんには言わないでね」と念押ししてから、小さな声で告白した。

「ラクロス部、だったの」
「ぷふっ!」

 爽やかな好青年達の熱きスポーツ、ラクロス。

 佐竹にも高田にも似合わない、あまりに爽やか過ぎる単語に、失礼だと分かっていても雪矢の口からは空気が漏れ出し、笑いが止まらなくなった。

「もう、ユキヤちゃんったら! 絶対に佐竹さんに言っちゃ駄目よ!」
「すみません……っ、俺、今日佐竹さんに会ったら……笑うと思います」
「止めてよ、アタシが怒られるじゃない!」

 ラクロスに打ち込んでいた学生時代の佐竹と高田の姿はまったく想像できないが、根は悪い人間じゃないと何度も高田がフォローしていた言葉通り、悪人ではないのだろう。

 そもそも、カフェに通う客がどんな仕事をしているのか、どんな人間かを探るのはスタッフの仕事ではない。

「外の花に水をやってきます」
「あ、忘れてたわ! お願いね」

 佐竹に関することになると何故かミーハーになってしまう自分を諌め、雪矢は新しく始まる一日に向けて働き始めたのだった。




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