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 佐竹に会ったら、高校時代の話を思い出して笑ってしまう。

 そう思っていた雪矢だったのだが。
 その日の夕方、佐竹と出会った時には、爽やかなユニフォーム姿を思い浮かべて笑えるような余裕はまったくなかった。



 来客が一旦落ち着いた頃合いを見計らって高田に食材の買い出しを頼まれ、少し離れた繁華街裏の店で買い物を終えたところまではよかった。
 チーズや牛乳の入った袋を抱えた雪矢が帰りを急いで歩いていたところ、薄暗い路地から何やら苦しげなうめき声が聞こえてきたのだ。

 一体何だろう。
 聞き間違えかもしれないと思いつつ、気になって細い路地裏を覗いてみた雪矢の視界に飛び込んできたのは、見るからにガラの悪そうな派手シャツ揃いの一団と、妙にきらびやかなスーツを着た明るい茶髪の青年だった。

 まだ出勤時間には早いような気もするが、この通りにはホストクラブもあるらしいので、茶髪の青年はホストなのかもしれない。
 顔商売といっても過言ではない仕事のはずなのに、青年の左頬は痛々しいまでに腫れて、鼻からは血が滴っている。

 対して、派手シャツの一団は皆、ホストにはまったく見えない極悪な面構え揃いだ。

「テメふざけんじゃねえぞ、コラッ」
「おお、何か言えやボケェ!」
「死なすぞ!」

 どこかで聞いたことがありそうな陳腐なセリフから考えても、正真正銘のチンピラ集団なのだろう。
 佐竹や伍代の漂わせるオーラが幹部の風格だとすると、目の前で青年を囲んでいる彼らは三下中の三下。パシリ程度の小物オーラがひしひしと漂っていた。

 しょぼくれたチンピラ集団にボコられるホスト。
 金絡みか女絡みかは分からないが、あまり関わりたくない状況ではある。

 平和主義者の雪矢はここで「何をしているんだ、止めろ!」と割り込んでいくほど無鉄砲な正義漢ではなかったが、だからといって鼻血を流してぐったりと壁にもたれている青年をそのまま見捨てて通り過ぎられるほど冷血でもなかった。

 こんな時はとりあえず、警察に連絡するに限る。

 そう思ってポケットから携帯を取り出したその時。チンピラの一人が雪矢に気付いて、近付いてきた。

「何だぁ? 見てんじゃねぇよ!」
「……っ」
「サツに通報とか余計なこと考えてたんじゃねぇだろうな、ああん?」
「す、すみません」

 自分が何に対して謝っているのかよく分からないが、こういった輩に絡まれた時にはとにかく謝っておけば間違いないという一般人の護衛本能から、つい謝ってしまう。

 チンピラとはいえ普段から誰彼かまわず喧嘩を売り歩いている訳ではないので、機嫌のいいときなら雪矢のような一般人のことはあまり気にしないのかもしれないが、今回ばかりは間が悪かった。
 ホストを囲んで殴り、最高に気が立っているところで邪魔物として認識されてしまったのだ。

「オラ、携帯よこせや」
「それは、困ります」
「困りますぅ? そんなんでサツに連絡されたら俺らの方が困るんだよ!」
「でも……」

 今この場で携帯を取り上げても、雪矢が店に帰って、もしくは近くの店に駆け込んで電話すれば同じ結果になるのではないか。
 そんな当たり前のことに頭が回らないチンピラの単純さを指摘してやろうかと思ったものの、壁にもたれてダウンしているホストと同じ運命は辿りたくないので、雪矢は黙ってじりじりと後退した。

「携帯よこせっつってるだろうが、てめぇも殴っぞ!」
「止めて下さい」
「うるせぇ!」
「痛っ!……離せっ、このハゲ!」
「誰がハゲだ! 死なすぞボケが!」

 無理矢理腕を掴まれて路地裏に連れ込まれそうになり、抱えていた袋から食材がバラバラとこぼれ落ちる。

 振り上げられたチンピラの拳に、殴り飛ばされる……と覚悟を決めて、ギュッと目を閉じた瞬間。

「ごふっ!」

 予想していた衝撃は訪れず、代わりに、奇妙な声と何かが壁に叩きつけられたような音が雪矢の耳に入ってきた。

 同時に、硬直していた身体が後ろからすっぽりと抱き抱えられ、覚えのある煙草の香りに包まれる。

「――顔に似合わず結構なじゃじゃ馬だな」

 鼓膜をくすぐる、魅惑のバリトン。
 雪矢はゆっくりと目を開け、声の主を振り返った。

「佐竹さん……!」



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